第206話
第206話
準決勝が行われた翌日の夕方。
医務室には静かな時間が流れていた。
窓から差し込む夕日が、白い部屋を赤く染めている。
そんな医務室のベッドの上でレオンの指先が、わずかに動いた。
重い瞼が開く。
ぼやけた視界に映る、白い天井。
「……ここは……」
掠れた声。
身体を起こそうとして――
「っ……」
力が入らない。腕が重い。身体全体に鉛でも詰め込まれたような感覚。
そこでようやく思い出す。
「……そうか」
一拍。
「負けたのか」
「目が覚めましたか」
静かな声に視線を向ける。
椅子に座っていたルシアンが、本を閉じて立ち上がった。
「ルシアン……」
レオンが小さく笑う。
「俺、どのくらい寝てたんだ?」
「大体三日くらいですかね」
ルシアンが近づく。
「そろそろ目を覚ます頃だと思って待っていてよかったです」
レオンが苦笑する。
「三日かぁ……」
思ったより長い。
ルシアンが静かに問いかける。
「どこまで覚えていますか、レオン」
レオンは少しだけ考える。
「……全然攻撃が通用しなくて、俺の全部をぶつけてやるんだって思ったら」
一拍。
「すごい力が湧いてきて」
肩の精霊を思い出す。
あの瞬間。
限界を超えた感覚。
「でも、結局通じなかったのは覚えてる」
ルシアンは小さく頷いた。
「そうですね。レオンの限界を超えた全力も、すべて受け切られてしまいました」
レオンが天井を見る。
「……やっぱあの人強かったわ」
素直な感想。悔しさはあるが、それ以上に実感している。あれは別格だった。
ルシアンも否定しない。
「そうですね。昨日、準決勝が行われましたが、アルト先輩にも完勝でした」
レオンの目が少し開かれる。
「まじか」
「見たかったなぁ」
ルシアンがわずかに目を細める。
「明日の決勝には間に合ったので、それでよしとしましょう」
レオンがふっと笑う。
「アレス先輩とやるのは誰になったんだ?」
「カイン先輩ですね」
ルシアンが答える。
「決勝がカイン先輩とアレス先輩」
「三位決定戦はゼノス先輩とアルト先輩になりました」
「そっかぁ」
レオンが呟く。
「……そりゃ楽しみだな――っと」
身体を起こそうとして顔をしかめる。
「っ……」
力が入らず、腕が思うように動かない。
ルシアンが小さく息を吐く。
「まだ無理をしてはいけませんよ。レオンが最後に使ったのはオーバードライブ」
「己の限界以上の力を引き出す代わりに、大きな反動があります」
一拍。
「まだ、ほとんど動けないでしょう」
レオンが苦笑する。
「たしかに、妙に身体が怠いし、魔力もあんまり回復してないかな」
「なら、まだ無理をしない方がいいでしょう」
ルシアンが立ち上がる。
「一応フィアナを呼んできますね。さっき出て行ったばかりなので、まだ近くにいるはずです」
レオンが少し申し訳なさそうに笑う。
「ごめん。助かる」
ルシアンが静かに部屋を出ていく。
扉が閉まり、医務室に静寂が戻る。
レオンは天井を見上げた。
「……届かないとはわかってたけど」
小さく呟く。
「いざ負けると悔しいな」
拳を握ろうとするが、力が入らない。
「……こんなんじゃ、まだまだ足りない」
一拍。
「もっと強くならないと」
目を閉じる。
「俺は、“勇者”なんだから」
⸻
しばらくして扉が開く。
戻ってきたルシアンの後ろから、フィアナが姿を見せた。
「目が覚めましたか」
ほっとしたように微笑む。
「よかったです」
レオンが笑う。
「心配かけたな。ありがとう」
フィアナがベッドの傍へ近づく。
魔力を流し込みながら、身体の状態を確認していく。
しばらくして。
「……外傷などはありません」
静かに告げる。
「なので、あとはオーバードライブの反動から回復できれば大丈夫でしょう」
レオンが少し安心したように息を吐く。
「どのくらいで治るんだ?」
「おそらく一週間もすれば元に戻るとは思います」
「そんなにかかるのか……」
フィアナが頷く。
「ええ、おそらくは。なので、しばらく無理は禁物です」
レオンは苦笑しながら頷いた。
「……わかった」
⸻
その後。
フィアナは軽く注意事項を伝え、医務室を後にした。
再び静かな空間。
ルシアンが椅子に座り直す。
レオンが小さく笑う。
「……で、俺の試合は客観的に見てどうだった?」
ルシアンは少し考える。
「よくやったと思いますよ。少なくとも、今大会でアレス先輩を最も押したのはレオンです」
レオンが苦笑する。
「結局勝てなかったけどな」
「ええ」
ルシアンも否定しない。
「ですが、届かなかったからこそ意味があります。届いていたら、それ以上先へ進めないでしょう?」
レオンが少し黙る。
それから、小さく笑った。
「……なるほどな」
窓の外。
夕焼けが、少しずつ夜へ変わっていく。
決勝戦は、明日。
王者と怪物。
頂点を決める戦いが、近づいていた。




