第200話
第200話
静寂。ほんの一瞬、闘技場から音が消えた。
レオンは地面に膝をついたまま、息を吐く。
荒い呼吸、動かない身体。それでも、剣は離さない。
視線の先にはアレス・グランツヴァルト。
ただ立っている。それだけで、すべてを支配している。
(……まだだ)
指に力を込める。震える腕を、無理やり持ち上げる。
立つ、足元が揺れる。それでも、立つ。
観客席がざわめく。
「まだ立つのか……!」
「おい、もう無理だろ……!」
レオンは前を見た。アレスから目を逸らさない。
アレスがわずかに口を開く。
「まだやるか」
淡々とした声。
最初から、何一つ変わらない。
レオンは息を吐く。
「……当然だろ」
声はかすれている。
だが、折れていない。
剣を構える。
最後の構えに、すべてを込める。
(これで終わるなら)
(全部、ぶつける)
踏み込む。
遅い。
分かっている。
それでも。
全力で剣を振るう。
限界の、その先。
アレスが剣を上げる。
ただ、それだけ。
衝突。
音が弾ける。
――止まる。
レオンの剣が完全に。
動かない。
「……」
アレスの腕は、微動だにしない。
ただ受けているだけ。
それだけで、すべてが止まる。
レオンの目が揺れる。
(……これが)
理解する。
(限界か)
その瞬間、アレスが剣を弾く。
軽く、ほんのわずかに。
それだけで。
レオンの身体が浮く。
吹き飛び、叩きつけられる。
そして――
動かない。
完全に、静止する。
レオニードが手を上げる。
「……そこまでだ」
一拍。
「勝者、アレス・グランツヴァルト」
歓声が爆発する。
だが、その中に混じるのは――称賛。
「すげぇ戦いだった……!」
「勇者、よくがんばった!」
「最後まで食らいついてた!」
「よくやった……!」
敗者に向けられる、確かな評価。
レオンは動かない。
意識はない。
だがその手は――
最後まで剣を離していなかった。
アレスが視線を落とす。
静かに、レオンを見る。
「強いな」
短く。
「だが、まだ未完成だ」
一瞬の間。
「いずれ届く」
それだけ言って、背を向ける。
去っていく。
その姿は、最後まで揺るがない。
⸻
担架が運ばれる。
レオンの身体が持ち上げられる。
「……頑張ったな」
「すげぇよ、あいつ」
声が飛ぶ。
それを受けながら――
レオンは、静かに医務室へと運ばれていった。
⸻
闘技場。
熱が、まだ残っている。
その中で、アナウンスが響く。
「――準決勝進出者を発表します」
ざわめきが戻る。
「第一試合――カイン・ブラッドレイ」
「第二試合――ゼノス・ラグナート」
「第三試合――アルト・セイリオス」
「第四試合――アレス・グランツヴァルト」
歓声。
納得の顔。
そして、緊張。
「続いて、準決勝の組み合わせです」
一拍。
「第一試合――カイン・ブラッドレイ 対 ゼノス・ラグナート」
どよめき。
「やべぇぞ……」
「これ、どっちが勝つんだ……?」
さらに。
「第二試合――アルト・セイリオス 対 アレス・グランツヴァルト」
空気が変わる。
「アルトでも厳しいだろ……」
「でもあいつもなかなか崩れないぞ」
次の戦いへと、視線が移る。
⸻
その頃。
ルシアンたちは、医務室へ向かっていた。
足取りは速い。だが、誰も言葉を発さない。
扉を開く。静かな空間。
そこに――フィアナがいた。
「みなさん」
振り返る。
穏やかな声。
「外傷はすべて治しました」
ベッドに目を向ける。
レオンが眠っている。包帯はない。
だが――
目を覚まさない。
「ですが」
フィアナが続ける。
「疲労が溜まり過ぎています。しばらくは目を覚まさないでしょう」
ガイウスが息を吐く。
「……そりゃそうだろうな」
ノエルは壁にもたれかかる。
「無茶しすぎ」
テオドールは静かにレオンを見る。
ルシアンが一歩、近づく。
レオンの傍へ。
「最後にレオンが使ったのは、おそらく――オーバードライブでしょう」
静かに言う。
フィアナがわずかに頷く。
「勇者についての文献で見た覚えがあります。己の限界以上の力を引き出す代わりに、多大なる反動があると」
部屋が静まる。
ルシアンはレオンを見下ろす。
しばらくの沈黙。
そして――
「……よくやりましたね」
小さく、それだけを告げる。
返事はない。
だが、その言葉は確かに届いていた。
⸻
戦いは終わった。
だが――
まだ終わっていない。
次は、準決勝。
そして、その先へ。
静かな医務室の中で。
新たな戦いへと、時間は進んでいく。




