第196話
第196話
準々決勝――第四試合。
レオン対アレス。
その試合を目前に控え、闘技場の空気は張り詰めていた。
観客席の熱とは裏腹に、選手控え室へと続く通路は静かだ。
その静寂の中を、四人が歩いていた。
ルシアン。ガイウス。テオドール。ノエル。
「……ほんとに行くんだな」
ガイウスがぼそりと呟く。
「今さらだろ」
テオドールが淡々と返す。
「激励ぐらいはしておくべきだ」
「まあね」
ノエルが肩をすくめる。
「どうせあのままでも行くけど」
ルシアンは何も言わず、前を見ていた。
(……今の彼に必要なのは)
言葉ではない。だが、それでも。
(背中を押す程度には意味がある)
その時だった。
前方に三つの影が見え、足が止まる。
自然と空気が変わる。
そこにいたのは――
アレス・グランツヴァルト。
そして、その隣に立つ二人。
明らかにただ者ではない。
一人は大柄。まるで熊のような体躯で圧がある。
もう一人は対照的に細身。静かだが、隙がない。
テオドールの目が細くなる。
(……これは)
ただの強者ではない。
(レイヴンの集めた情報と一致する。ルミナス騎士団の隊長が二人ですか…)
アレスが軽く視線を向ける。それだけで、場の温度が下がる。だが、言葉はない。
代わりに、大柄な男が豪快に笑った。
「おう!」
第五隊隊長バルガス
「お前、盾のやつだな!」
ガイウスを指さす。
「いい防御だったじゃねぇか!」
ガハハと笑う。
「だがまあ、相手が悪かったな!ガハハハハ!」
ガイウスが苦笑する。
「……まあ、そうっすね」
軽く頭をかく。
「どうしようもなかったっす」
「気にすんな!」
バルガスが豪快に言う。
「強ぇやつと当たったってだけだ!」
その言葉には悪意がない。純粋な評価であり事実。
隣で、もう一人が口を開く。
「……君たちは」
第二隊隊長シグルド。
落ち着いた声。
「どうしてこんなところにいるんだい?」
テオドールが一歩前に出る。視線を合わせる。自然な動き。
そして答える前に――
ルシアンが口を開いた。
「これから試合のレオンに激励しに行くところです」
シグルドが小さく頷く。
「勇者の友人、か」
わずかに目を細める。
「なるほど」
全員を見渡す。
「君たちも、なかなか優秀そうだ」
軽く言っているが、その目は確かだ。
ガイウスが少し照れくさそうにする。
テオドールは無言。
ノエルは興味なさそうに視線を逸らす。
そして――
アレスは何も言わない。
ただ、見ている。静かに、深く。
ルシアンを。
そのままルシアンたちは通り過ぎる。
言葉は交わさない。
だがすれ違いざまに、確かな“違和感”が残る。
足音が遠ざかる。
シグルドが口を開く。
「どうしましたか?」
アレスは視線をそのままに言う。
「あの銀髪の男」
一拍。
「何か違和感がありませんでしたか」
シグルドがわずかに目を細める。
「……そうですね」
短く答える。
「彼は強いでしょうね」
分析するように。
「少なくとも、盾の彼よりは強い」
ガイウスのことだ。
「なぜ出ていないのか、不思議なくらいです」
理屈で見た評価。
バルガスが腕を組む。
「まあ、何か事情があるんだろ」
あっさりと切り捨てる。
「それよりもだ、アレス」
ニヤリと笑う。
「勇者はどうだ?」
純粋な興味。
アレスは少しだけ視線を外す。
そして。
「現状では」
静かに言う。
「万が一にも負けることはないと思いますが」
一拍。
わずかに、ほんのわずかに。
口元が緩む。
「少し楽しみではありますね」
その言葉は、事実。
そして――
絶対王者の余裕。
同時刻。
通路の先、ルシアンたちは、控え室へと歩いていた。
誰も口を開かない。先ほどの空気が残っている。
ガイウスが小さく呟く。
「……なんだったんだ、あの人たち」
テオドールが答える。
「ルミナス騎士団」
一言。
それだけで十分だった。
ノエルが肩をすくめる。
「……世界が違うね」
ルシアンは何も言わない。
ただ、前を見る。
(……見られましたか)
おそらく気づかれた。
だが、それでいい。
扉の前に着く。レオンがいる場所。
決戦の直前。ルシアンが扉に手をかける。
(……さあ)
ここからが、本番だ。




