第191話
第191話
闘技場に残るざわめきは、なかなか消えなかった。
アレス・グランツヴァルト。その一撃で終わった戦い。
あまりにもあっさりとした決着に、多くの観客が言葉を失っていた。
「……なんだったんだ、今の」
「ロイドだぞ……? 防いでたよな……?」
「なのに、一撃で……?」
理解が追いつかない。
観客席の一角。
レオンは、しばらく黙っていた。
「……」
拳を握る。自分の戦いとは、あまりにも違う。全力でぶつかって、ようやく掴んだ勝利。
だがあの男は――
ただ一撃で終わらせた。
「……別次元だな」
ぽつりと呟く。
「……だね」
ノエルが短く返す。
「学生レベルではないな」
テオドールも珍しく端的に言う。
ルシアンは静かに視線を落とす。
(……やはり)
あれが現時点での頂点。無駄のない、完成された戦い。
レオンが低く言う。
「……勝てるのか、あれに」
誰に向けた言葉でもない。だが、確かな現実。
沈黙。
その時――
「ずいぶん暗い顔してるじゃない」
振り向く。
レティシアが立っていた。腕を組み、少し呆れたように。
「負けたばっかりの私より落ち込んでどうするのよ」
「……いや」
レオンが苦笑する。
「さっきの見たら、さすがにな」
「まあね」
レティシアがあっさり頷く。
「あれは……別格よ」
一瞬だけ視線を闘技場に向ける。
そしてすぐに戻す。
「でも」
わずかに口元が上がる。
「だからこそ、倒しがいがあるでしょ?」
その言葉に、レオンは小さく息を吐いた。
「……そうだな」
短く答える。
ルシアンが静かに口を開く。
「レティシアさんも、お疲れ様でした」
「……別に」
そっぽを向く。
「今回は相手が悪かっただけよ」
それだけ言って、軽く息を吐く。
「それで」
視線をレオンへ向ける。
「大会期間中で悪いんだけど」
一拍。
「父上が、あなたに会いたいって」
レオンの表情が少し緩む。
「……あの人が?」
「ええ」
「ついでに、あなたたちにもね」
ルシアンたちを見る。
「学友だって話したら、興味持ったみたい」
テオドールが軽く眉を上げる。
「国王が、か」
「父上、そういう人だから」
どこか呆れたように言う。
レオンは小さく笑った。
「……久しぶりだな」
少し懐かしそうに。
「元気にしてるといいけど」
「元気すぎるくらいよ」
レティシアが即答する。
「会えばわかるわ」
ルシアンが静かに言う。
「明日は休養日です。問題ありませんね」
「ああ」
レオンが頷く。
「行こう」
その言葉で決まった。
⸻
翌日。
アーカディア学園都市、王族区画。
厳重な門を抜ける。整えられた庭園。静かな警備。その奥にある屋敷。
バルセリオン王国の紋章が掲げられている。
「ここよ」
レティシアが先導する。
扉の前でノック。すぐに開かれる。
「お待ちしておりました」
丁寧な一礼、中へと通される。広い空間、落ち着いた内装。無駄のない配置。
そして――
奥に、一人の男が立っていた。
見た目は若い。三十代半ばほどか。
整った顔立ちに、柔らかな笑み。
だが、その奥には確かな鋭さがある。
視線がレオンに向く。
次の瞬間。ぱっと表情が明るくなる。
「おお、レオン!」
軽やかな声。距離を詰める。
「久しぶりだな!」
レオンも自然に笑う。
「お久しぶりです、陛下」
軽く頭を下げる。
「元気そうで何よりだ」
国王は嬉しそうに頷く。
「お前、ずいぶん顔つきが変わったな」
「そうですか?」
「いい顔してる」
軽く肩を叩く。
そのまま、レティシアを見る。
「レティシアもちゃんとやってるみたいだな」
「当然でしょ」
少しそっけなく返す。
「はは、そうだな」
楽しそうに笑う。
そして――
視線がルシアンたちへ向く。
「で、こっちが例の学友か」
興味深そうに。
「話は聞いてるぞ」
一歩、近づく。
「レオンとレティシアが一緒にいるって時点で、ただ者じゃないだろうしな」
軽い口調。
だが、観察は鋭い。
ルシアンは静かに一礼する。
「初めまして、ルシアンと申します」
「お、礼儀正しいな」
気さくに笑う。
「そんな固くならなくていい」
手をひらひらさせる。
「ここはただの“親バカの家”だ」
「父上」
レティシアが冷たく言う。
「そういうのやめてください」
「いいじゃないか」
気にせず笑う。
だが、その空気は重くない。
むしろ――
自然と話しやすい。国王でありながら、それを感じさせない。
それでも、確かにわかる。
この男が“上に立つ者”であることを。
ルシアンは静かに目を細めた。
(……なるほど)
ただの親バカではない。
確実に――切れ者。
バルセリオン王国国王。
その人物との会話が、いま始まろうとしていた。




