第190話
第190話
歓声は、しばらく鳴り止まなかった。
レオンとディルクの戦い。
正面からぶつかり、最後まで引かなかったその激突は、観客たちの胸に強く刻み込まれていた。
「すげぇ試合だった……」
「ディルクに勝つとか、やばすぎだろ……」
「やっぱり勇者か……」
ざわめきの中、担架がディルクを運び出していく。その後ろで、レオンもまたゆっくりと退場していた。
足取りは重い。だが、自分の足で歩いている。その姿に、自然と拍手が広がった。
やがて――
レオンが観客席へと戻ってくる。
「……戻ったか」
テオドールが腕を組んだまま言う。
「お疲れ」
ノエルは短く告げる。
レオンは苦笑した。
「……きつかった」
そのまま腰を下ろす。
呼吸は荒く、全身に疲労が残っているのがわかる。
肩口で、淡い光が揺れる。光の下位精霊が、そっと寄り添っていた。
「……ずいぶん頼ったね」
ノエルが横目で見る。
「助けられたよ」
レオンは素直に答えた。
ルシアンが静かに口を開く。
「いい戦いでした」
短く、だが確かな評価。
レオンはわずかに視線を落とす。
「……まだまだだ」
そして、闘技場を見る。
「この後が本番だろ」
その言葉に、テオドールが小さく笑う。
「理解はしているようだな」
ルシアンは何も言わず、視線を闘技場へ向ける。
(……ここからです)
アナウンスが響く。
「――第四ブロック第二試合」
観客席の空気が変わる。
「ロイド・ガルディア」
ざわめきが広がる。
「ロイドか……」
「あの防御を崩せるのか?」
「でも相手はアレスだぞ……」
入場口から現れたロイドは、まさに“鉄壁”という言葉が似合う男だった。
大柄な体格。無駄のない構え。揺るがない重心。
その立ち姿だけで、簡単には崩れないことがわかる。
ルシアンは静かに観察する。
(……現状では、ガイウスの上位互換に近い存在ですね)
防御力、安定性、そして経験。
ガイウスと同系統でありながら、すべてが一段上。
対するは――
一瞬、場が静まる。
「アレス・グランツヴァルト」
その名が響いた瞬間。空気が変わった。
ざわめきではない。
“緊張”。
観客の多くが、無意識に息を呑む。
ゆっくりと現れる。
アレス。
無駄のない歩み。揺るがぬ視線。感情の波は一切ない。
ただそこに立つだけで、理解させられる。
――格が違う。
レオンは、その姿を見つめていた。
(……あれが)
次の相手。
自然と、息が詰まる。
闘技場中央。
二人が向かい合う。
ロイドが構える。低い姿勢。隙のない防御。
対して――
アレスは構えない。
ただ立っている。
それだけ。
それが、異様だった。
レオニードの手が上がる。
「――始め」
ロイドが動く。踏み込み、距離を詰める。
重い一撃。
防御主体でありながら、確実に攻める。
だが――
アレスは動かない。
そのまま。
ただ、剣を振るう。
一閃。
無駄がない。
速いというより――
“当然そこにあるべき動き”。
ロイドが受ける。
完璧な防御。崩れないはずの構え。
だが――
次の瞬間。
ロイドの身体が浮いた。
「……は?」
誰かが声を漏らす。
吹き飛び、地面を滑り、止まる。
動かない。
一撃。
それだけで、勝負は終わっていた。
静寂。
誰も理解が追いつかない。
ロイドは、防いでいた。
それでも――
崩された。
「……勝者、アレス・グランツヴァルト」
レオニードの声が響く。
遅れて、ざわめきが広がる。
「一撃……?」
「ロイドだぞ……?」
「意味わかんねぇ……」
ノエルが呟く。
「……何、あれ」
テオドールも言葉を失っていた。
「……別格だな」
ルシアンは、ただ静かに見ていた。
(……やはり)
予想通り。
いや、それ以上。
アレスはゆっくりと剣を下ろす。何事もなかったかのように。ロイドを見ることもない。
勝利に意味を求めていないかのように。
そのまま、踵を返す。
退場へ。
――その途中で。
足が止まる。視線が上がる。
観客席を見る。一直線に。
レオンを見る。
空気が、張り詰める。
アレスは何も言わない。
ただ、見ている。
測るように、確かめるように。
そして――
わずかに口元が動く。
「……悪くない」
小さく、確かにそう言って。
去っていった。
レオンは動けなかった。
ただ、その背中を見ていた。
理解してしまったから。
さっきまでの戦いがどれほどギリギリだったか。
そして。
これから戦う相手がどれほど“異質”かを。
歓声が再び広がる。
だが。
レオンの中にあるのは、静かな緊張だった。
次は――
あの男だ。




