第185話
第185話
翌日。
アーカディア学園は、朝から異様な熱気に包まれていた。
普段から多くの生徒が行き交う学園都市だが、今日の人の数は明らかに違う。大通りには屋台が並び、遠方から訪れた者たちが列を作っている。商人、貴族、冒険者、騎士団関係者、各国の使者らしき者までいる。学園都市全体が、一つの巨大な祭りのようだった。
だが、ただの祭りではない。
ここで行われるのは、アーカディア学園全体武闘大会。
世界最高峰の人材が集まるこの学園で、各学年を勝ち抜いた代表者たちがぶつかる大会である。
若き才能を見極めるために、世界各地から人が集まるのは当然だった。
「……人、多すぎ」
観客席の一角で、ノエルがぼそりと呟いた。
隣に座るテオドールが腕を組む。
「当然だ。この大会は各国にとっても重要な意味を持つ。将来有望な人材を早い段階で把握しておくことは、政治的にも軍事的にも価値がある」
「……面倒」
「事実だ」
ノエルはそれ以上返さず、視線を闘技場へ向けた。
ルシアンは二人の横で静かに座っていた。
(……例年以上の注目、というところでしょうか)
観客席には生徒だけでなく、見慣れない大人たちの姿も多い。明らかに戦闘経験を積んだ者もいる。騎士、冒険者、教会関係者、各国の貴族。
それぞれが、今日この場に集った十六人を見ている。
そして、その中には当然――勇者レオンも含まれていた。
(レオンにとっては、ここからが本当の意味での試練ですね)
一年生大会では、学年内の戦いだった。
だが今度は違う。上級生がいる。
経験も、完成度も、格も違う相手がいる。
ルシアンは静かに闘技場を見下ろした。
中央にはすでに出場者たちが並んでいる。
一年生代表。
グランヴェル・レグナス。
レオン。
レティシア・バルセリオン。
ガイウス。
二年生代表。
ゼルヴァイン・クロード。
ディルク・ヴァレンツ。
クラリス・リュクレール。
エドワルド・レイシス。
三年生代表。
カイン・ブラッドレイ。
アルト・セイリオス。
ロイド・ガルディア。
シオン・ヴァルディス。
四年生代表。
アレス・グランツヴァルト。
ゼノス・ラグナート。
リゼリア・ハーケン。
バルト・グレイゼル。
名を並べるだけで、場の空気が変わるような顔ぶれだった。
その中でも、特に視線を集めている者がいる。
昨年の優勝者、アレス・グランツヴァルト。
彼は中央に立ちながら、周囲の熱気にまるで揺らがない。騒がしさも、期待も、畏怖も、すべて当然のように受け止めている。
絶対王者。
その言葉が、これほど似合う者も少ない。
レオンは、そのアレスをちらりと見ていた。
表情は硬い。
だが、逃げるような目ではなかった。
(……悪くありません)
ルシアンがそう思った時、闘技場中央にレオニードが進み出た。
観客席のざわめきが、少しずつ静まっていく。
「――これより、アーカディア学園全体武闘大会を開始する」
低く、よく通る声が響いた。
「本大会は、各学年代表四名、計十六名によって行われる。初日は開会式および一回戦。以降は休養日を挟み、準々決勝、準決勝、そして決勝と三位決定戦を行う」
観客席が静かに聞き入る。
「この場に立つ者たちは、各学年の代表であり、アーカディア学園の名を背負う者たちだ」
レオニードの視線が、出場者たちを一人ずつなぞる。
「勝敗は重要だ。だが、それだけではない。己の力を示せ。己の限界を知れ。そして、その先へ進め」
一拍。
「世界は、お前たちを見ている」
その言葉に、観客席の空気がさらに引き締まった。
世界は見ている。
それは比喩ではない。
実際に、各国の者たちがこの場に集っている。
未来の英雄を、未来の将軍を、未来の魔法使いを、未来の守護者を。
そして、未来の勇者を。
「なお、例年通り優勝者には、ある程度の望みを叶えて貰う権利が与えられる」
「以上だ」
レオニードが一歩下がる。
「これより、一回戦第一試合を行う」
会場の熱が一気に高まった。
掲示板に組み合わせが映し出される。
一回戦第一試合。
グランヴェル・レグナス。
対。
エドワルド・レイシス。
「いきなりグランヴェルか」
テオドールが呟く。
「相手は二年のAクラス一位だったな」
「ええ」
ルシアンが頷く。
「エドワルド・レイシス。二年生で唯一、Aクラスから代表に入った生徒です。実力は確かでしょう」
ノエルが目を細める。
「……でも相手が悪い」
「そうですね」
ルシアンは静かに闘技場を見た。
「順当にいけば、グランヴェルでしょう」
だが、それはエドワルドが弱いという意味ではない。
学年全体から代表に選ばれた時点で、彼もまた紛れもない強者だ。
ただ――
グランヴェルは、一年生の中でも異質だった。
入場口から、二人が姿を現す。
グランヴェルはいつも通りだった。
余計な緊張も、昂りもない。
ただ当然のように歩いている。
対するエドワルドは落ち着いた表情をしていた。二年生Aクラス一位としてこの舞台に立った誇りと覚悟が、その姿勢に表れている。
観客席がざわめく。
「一年の一位か……」
「いや、あいつ一年大会で優勝したグランヴェルだろ」
「相手は二年代表だぞ。簡単にはいかないんじゃないか」
期待と予想が飛び交う。
闘技場中央で、二人が向かい合う。
エドワルドが静かに剣を構えた。
グランヴェルもまた、剣を抜く。
空気が張り詰める。
レオニードが手を上げる。
学園全体武闘大会、一回戦第一試合。
その幕が、いま上がろうとしていた。




