第186話
第186話
アーカディア学園全体武闘大会――初日。
一回戦は、予想通りの展開で進んでいた。
第一試合。
グランヴェル・レグナス vs エドワルド・レイシス。
結果だけを言えば、圧勝だった。
だが、それは一方的な蹂躙ではない。エドワルドもまた、二年生代表に相応しい実力を見せていた。精密な剣技、隙のない防御、的確な間合い管理。
――それでも。
最後は、炎を纏った一撃。
グランヴェルの剣が振るわれた瞬間、勝敗は決した。
エドワルドは膝をつき、剣を落とす。それ以上でも、それ以下でもない。
観客席からは、ため息にも似た声が漏れた。
「……やっぱり一年のあいつ、別格だな」
「エドワルドも弱くねぇのに……」
続く試合。
リゼリア・ハーケン vs カイン・ブラッドレイ。
これもまた、短い戦いだった。
開始の合図と同時に距離が詰まり――
気づいた時には、リゼリアの剣が弾かれ、喉元に刃が突きつけられていた。
あまりにも速い。
観客の多くが、その瞬間を視認できていなかった。
「……今、何が起きた?」
「カインだ……三年の化け物……」
そして、第三試合。
ゼルヴァイン・クロード vs シオン・ヴァルディス。
この試合は、先の二つとは違っていた。
互いに譲らず、何度も攻防が入れ替わる。剣と魔法、速度と読み合い。長く、激しい戦い。
そして最後――
血を流しながらも立っていたのは、ゼルヴァインだった。
「はぁ……はぁ……」
息を荒げながら、それでも倒れない。観客席から大きな拍手が巻き起こる。
実力者同士の、まさに“勝負”だった。
そして――
第四試合。
場内の空気が、わずかに変わる。
「次、あれか……」
「四年の二位……ゼノス・ラグナート……」
「相手は……一年のレティシアか」
ざわめき。
期待と、不安。
闘技場の中央へと歩み出る二人。
ゼノス・ラグナート。
長身。無駄のない身体。感情を感じさせない冷たい眼。ただ立っているだけで、空気が張り詰める。
対するは――
レティシア・バルセリオン。
優雅な所作。だがその瞳には、確かな闘志が宿っている。
(……相手が悪いわね)
内心でそう思いながらも、表には出さない。この舞台に立っている時点で、引く理由はない。
レオニードの手が上がる。
「――始め」
瞬間。
レティシアが動く。
杖を振る。
火、水、風。連続詠唱。
間髪入れずに魔法を叩き込む。
距離を取る。
近づかせない。
これが彼女の戦い方。
だが――
ゼノスは、動かない。
迫る火球が爆ぜ、煙が上がる。
しかし、その中から現れたのは――
無傷の男。
「……は?」
思わず声が漏れる。
直撃したはず。間違いなく捉えていた。
だが――
効いていない。
ゼノスが一歩踏み出す。それだけで、空気が変わる。
見えない圧力が、押し寄せる。
(……何、これ……)
息が詰まり、魔力が乱れる。
レティシアは即座に距離を取る。
再び魔法を放つ。今度は威力を上げる。
水刃、風刃、氷槍。
複合魔法。
だが――
ゼノスは、止まらない。
すべてを“突破する”。
防ぐのではなく、押し潰す。
火力。
圧倒的な火力。
レティシアの瞳が揺れる。
(まずい……)
これまでとは、明らかに違う。
グランヴェルとはまた別の、純粋な“破壊力”。
魔法で制圧する前に、押し込まれる。
ゼノスがさらに踏み込む。距離が縮まる。
レティシアは歯を食いしばる。
(……こうなったら)
決断。
杖を構え、魔力を集中させる。
未完成の古代魔法。
だが――
それしかない。
「……古き理よ――」
詠唱を始めた瞬間。
空気が、揺れる。
「――っ!?」
魔力が乱れ、言葉が途切れる。
ゼノスの圧。
それだけで、詠唱が崩される。
(……詠唱が……できない!?)
あり得ない。
魔法の構築が成立しない。
ゼノスが目の前にいる。
無表情。
ただ、腕を振るう。
拳が直撃する。
衝撃によって視界が揺れ、身体が浮く。
地面に叩きつけられる。
「――っ……!」
息が抜ける。立てない。
魔力も、身体も、言うことを聞かない。
ゼノスは追撃しない。
ただ、見下ろす。
勝負は、すでに終わっていると分かっているから。
レオニードの声が響く。
「……勝者、ゼノス・ラグナート」
静かな宣告。
観客席がざわめく。
「……早すぎるだろ……」
「あのレティシアが、何もできなかった……」
「これが……四年上位か……」
担架が運び込まれる。
レティシアは意識を保ったまま、空を見ていた。
(……なるほどね)
悔しさはある。
だが、それ以上に理解した。
(これは……無理だわ)
あまりにも、差がある。
運ばれていく中で、小さく笑う。
(まだまだ……遠いわね)
闘技場には、すでに次の準備が進んでいる。
戦いは続く。
だが、この試合が示したものは明確だった。
――上には、まだ“壁”がある。




