第184話
第184話
光が消えた後。
そこに残ったのは、夜の静寂と、戦いの爪痕だけだった。
歪んだ大地。焼けた空気。先ほどまでの衝突が、現実だったことを物語っている。
ヒューギルが、ゆっくりと息を吐く。
「……まだ隠していることはあるようだが」
視線をルシアンへ向ける。
「ある程度の事情はわかった」
短く言う。
疑いは消えていない。だが、完全な否定もない。
「ルミナリア様にも頼まれたことだ」
一拍。
「多少は協力しよう」
その言葉は、重い。守護者としての判断。
だが――
「ただし」
視線が鋭くなる。
「私の役目は、守護者として世界の均衡を保つことだ」
はっきりと言い切る。
「それに反することには、協力しかねる」
明確な線引き。
ルシアンはわずかに頷く。
「構いません」
迷いなく。
「先ほども言った通り、今の私の目的は――将来的に人類の力となる人材の育成です」
静かな声。
だが、その中に揺らぎはない。
「現在は、勇者や聖女を中心にサポートしています」
ヒューギルが目を細める。
ルシアンは続ける。
「そして……私の計画のためにも、表立って動くわけにはいかないのです」
一瞬だけ、視線を外す。
「私が先頭に立って引っ張るのではなく」
再びヒューギルを見る。
「勇者レオンに、先頭に立ってほしいのです」
その言葉は、単なる理想ではない。明確な意図がある。
ヒューギルは小さく息を吐く。
「……なるほどな」
理解が繋がる。
「だから学園では力を隠し、勇者と共に行動しているというわけか」
「ええ」
短い肯定。
ヒューギルは腕を組む。
「だが、それではお前自身の評価は上がらん」
淡々と指摘する。
「実力を示さなければ、人はついてこない」
ルシアンはわずかに目を伏せる。
「承知しています」
そして顔を上げる。
「ですが……それで構いません」
はっきりと。
「必要なのは“私”ではなく、“勇者”です」
ヒューギルはしばらく黙る。
その言葉の重みを測るように。
やがて、小さく笑う。
「……自己犠牲か。それとも、計算か」
どちらとも取れる問い。
ルシアンは答えない。
ただ、静かに立っている。
ヒューギルは肩をすくめる。
「どちらでもいい。結果として均衡が保たれるならな」
一歩、背を向ける。
「だが覚えておけ」
振り返らずに言う。
「お前のやり方は、綱渡りだ。一つでも踏み外せば――」
言葉は続かない。
だが、意味は明確だった。
ルシアンは静かに応じる。
「承知の上です」
迷いはない。
ヒューギルは小さく頷く。
「……ならばいい」
空を見上げる。
先ほどまでの歪みは、すでに薄れ始めていた。
「戻るぞ」
短く言う。
「明日からは――」
一瞬、間を置く。
「お前の“表の舞台”だ」
ルシアンもまた、視線を上げる。
遠く。
学園都市の灯りが見える。
あの場所では、何も知らない者たちが、明日の戦いに備えている。
勇者も、聖女も。
そして――
“未来”になる者たちが。
(……ええ)
ルシアンは静かに目を細める。
(ここからが本番です)
空を裂く戦いは終わった。
だが――
それは裏側の話に過ぎない。
表では、明日。
武闘大会が始まる。
その舞台で、何が起こるのか。
誰が、何を掴むのか。
すべては――これからだった。




