第182話
第182話
空が、裂けていた。
ヒューギルの張った結界の内側――本来ならば外界から切り離され、安定しているはずの空間が、まるで耐えきれないと悲鳴を上げているかのように歪んでいる。
その中心。
ルシアンとゼルキス。
互いに、完全に“枷”を外していた。
先に動いたのはルシアン。
踏み込み。
その一歩で空気が圧縮され、次の瞬間には姿が霞む。
斬撃。
風を伴い、空間そのものを裂く一閃。
だが――
ゼルキスは、消える。
風が通過する“前”に、そこにいない。
直後、背後。
「遅いよ」
軽い声。拳が振り抜かれる。
ルシアンは振り向かずに重力魔法を使う。
背後の空間が沈み、拳の軌道がわずかに歪む。
その隙に身体をひねり、回避。
同時に――雷。
至近距離で炸裂し、閃光が空間を埋める。
だがゼルキスは笑う。
「そうそう、それそれ!」
雷の中を抜ける。
感電など関係ない。
今度はゼルキス。
暴風が巻き起こる。
ただの風ではない。空間ごと削る“刃”。
ルシアンが腕を振い、氷壁を作る。
だが一瞬で砕かれる。
攻撃が直撃し、吹き飛ぶ。
だが空中で体勢を立て直す。
影が伸び、無数の影の刃がゼルキスへと絡みつき拘束する。
だが――
「甘い」
闇。
影が“飲まれる”。
ラウネリスの力を、闇で上書きする。
ルシアンの瞳が細くなる。
次の瞬間、地面が隆起し、岩の槍が突き上がる。
さらに水が収束し、刃となって斬りかかる。
風がそれを加速させる。
隙を与えない。
だが――
ゼルキスは笑っている。
すべての攻撃の“間”を抜ける。
当たらない。届かない。
だが――
ルシアンは止まらない。
踏み込む。
ベルグラードの力が身体を引き上げる。
速度がさらに増す。剣が交差する。
初めて――
真正面からぶつかる。
衝突により、空気が爆ぜる。
その余波だけで地面が削れる。
ゼルキスの口元が歪む。
「いいねぇ!」
力が増し、押される。
だがルシアンも押し返す。
互角。
だが――
次の瞬間、空間が歪む。
ゼルキスが消える。
空間転移により、再出現。
真横からの斬撃が直撃する。
血が舞い、ルシアンが後退する。
だがそのまま雷撃を叩き込む。
ゼルキスも被弾。
焼ける。
だが――笑う。
「最高だ!」
完全に楽しんでいる。
ルシアンも魔力をさらに引き上げる。
風が暴れ、重力が沈み、光と闇がぶつかり、空間が軋む。
もはや“戦闘”ではない。
世界の一部がぶつかり合っている。
ヒューギルがその様子を見ていた。
(……ここまでとは)
想定以上。結界が軋み、亀裂が走る。耐えきれない。
次の瞬間――
破砕。
結界が崩れ、空間が揺らぐ。
その瞬間。
「そこまでだ」
ヒューギルの声。
絶対の命令。空気が凍る。
「これ以上はこの地がもたん」
静かな、だが確実な判断。
ルシアンが動きを止める。
ゼルキスも――止まる。
そして、心底残念そうに肩を落とす。
「えー」
子供のように。
「せっかく楽しくなってきたところだったのに」
だがすぐに笑う。
「でもさ」
ルシアンを見る。
「ルシアンが俺の想像を超えて強くなってくれてるのが分かった」
嬉しそうに。
「楽しみが増えたよ」
一歩、下がる。
「しばらく退屈しなくてすみそうだ」
振り返る。
「じゃあ約束通り俺は帰るね」
軽く手を振る。
「また遊ぼう、ルシアン」
そのまま――消える。
空間ごと。
残るのは静寂、荒れ果てた大地。
そして――ルシアンとヒューギル。
ヒューギルが静かに口を開く。
「さっき使った力は……」
一歩、近づく。
「風の神・シルヴァリオン、闘いの神・ベルグラード、影の神・ラウネリス」
正確に言い当てる。
「……あの方々の力は、失われたはずだ」
ルシアンの瞳が揺れる。
「なぜ知っているのですか?」
ヒューギルは答える。
「私は遠い昔……神々が地上に顕現していた時代から生きている」
空気が変わる。
「邪神が現れ、神々が力を失う直前に……私は守護者としての役割を与えられた」
静かに。
「だから神々の気配はよく知っている」
一歩、踏み込む。
視線が突き刺さる。
「なぜお前から、あの方々の気配がするのだ。加護ではない……それ以上の」
沈黙。
ルシアンが口を開こうとする。
「それは――」
その瞬間。
空気が変わる。
柔らかく、それでいて絶対的な光が場を満たす。
時間が、止まる。
声が響く。
「――そこから先は、私が説明しましょう」
光の神・ルミナリア。
その存在が、静かに介入した。




