第180話
第180話
夜。
学園都市の灯りが遠ざかる。
三つの影が、空を駆けていた。
いや――飛んでいる。
ゼルキスは最初から速度を上げていた。風を裂き、まるで重力を無視するかのように高度を保ったまま進む。
「こっちこっち」
軽い声。
その背を、ルシアンが追う。
遅れはしない。だが余裕でもない。
(……速い)
ヒューギルもまた、静かに並走していた。
やがて都市の光が完全に消え、地上は黒い影に変わる。
その先――魔族領へと続く境界付近。
ゼルキスがふわりと停止した。
「ここさ!」
両腕を広げる。
「ここなら邪魔は入らない」
確かに、人の気配はない。魔力の流れも歪んでいる。戦うには都合がいい場所だった。
ヒューギルが一歩前に出る。
「悪いが念のために結界を張らせてもらう」
静かに手を掲げる。
次の瞬間――
空間が閉じる。
見えない壁が張り巡らされ、この場が完全に外界から切り離される。
ゼルキスが軽く笑う。
「それくらい、いいよ〜」
楽しそうに肩を回す。
「じゃあ、早速やろうか」
空気が変わる。遊びの温度ではない。
“戦い”の気配。
ルシアンが前へ出る。
ヒューギルの声が背後から落ちる。
「すまんな。やつに暴れられれば大きな被害が出る」
「それに…」
一拍。
「私もお前に興味があったからな」
視線が刺さる。
「底が見えない、お前に」
ルシアンは振り返らない。
「……ダメそうならば、私がどうにかしよう」
短く言う。
ルシアンは小さく頷く。
「そのときはお願いします」
それだけ言って、視線を前へ戻す。
ゼルキスが、笑っていた。
「いいねぇ」
嬉しそうに。
「そういうの、嫌いじゃないよ」
一歩、踏み出す。
その瞬間――
風が裂け、ゼルキスの姿が消える。
「っ――」
ルシアンは即座に横へずれる。
直後、空間が歪む。
遅れて衝撃が来る。
――速い。
見えてからでは間に合わない。
「ほらほら」
背後。振り返る。
ゼルキスがそこにいる。
「その程度?」
軽い。
まるで本気ではない。
ルシアンは無言で手を掲げる。
――重力。
周囲の空間が沈み、ゼルキスの動きが一瞬だけ鈍る。
「おっ」
その隙に、雷。
閃光が走る。
同時に氷の槍が生成され、四方から突き刺さる。
さらに火炎が爆ぜる。
水が圧縮され、刃となり、風がそれを加速する。
地面が隆起し、拘束。
光が閃き、闇がそれを覆う。
空間が歪み、逃げ場を潰す。
連撃。
間髪入れない。
だが――
ゼルキスは笑っていた。
「……いいね」
すべての攻撃が届く直前。
消える。
次の瞬間には、別の場所にいる。
「でもさ」
軽く指を振る。
「それじゃあさ――」
一瞬で距離が詰まる。
目の前。近すぎる。
「勢い余って、殺しちゃうよ?」
囁き。
ゾッとするほど近い。
ルシアンの瞳が細くなる。
(……なるほど)
理解する。
“遊び”の範囲ではない。
このままでは――終わる。
次の瞬間。
空気が変わる。
ルシアンの魔力が跳ね上がる。
重力がさらに沈む。
雷が増幅する。
炎が濃くなる。
氷が鋭さを増す。
風が裂ける。
地が割れる。
光と闇がぶつかり合う。
空間が軋む。
すべてを同時に展開。
圧倒的な魔法の嵐。
ヒューギルがわずかに目を細める。
「……なるほど」
その規模、制御、明らかに異常。
ゼルキスは――
笑った。
「それだよ」
楽しそうに。
「やっと“来た”ね」
風が巻き上がる。闇が広がり、空間が歪む。
ゼルキスの魔力が解放される。
その力が、ようやく牙を剥く。
空が裂け、大地が鳴る。
結界の内側で、世界が歪む。
ルシアンとゼルキス。
互いに譲らない。
だが――
まだ、これは序章。
本当の衝突は、これからだった。




