第179話
第179話
――武闘大会、前日。
学園都市は、普段以上の活気に包まれていた。
通りには露店が並び、遠方から訪れた観客の姿も多い。宿屋はどこも満室。広場では明日の対戦予想が飛び交い、あちこちで熱を帯びた議論が続いている。
だが――
その喧騒の奥には、確かな緊張があった。
誰もが知っている。
明日から始まるのは、ただの催しではない。
“本物”の戦いだと。
訓練場。
日が傾き、長い影が伸びる中、レオンは最後の調整を終えていた。
肩で息をしながら、剣を下ろす。
「……こんなもん、か」
完全ではない。だが、これ以上は削りすぎになる。
ノエルが壁にもたれたまま呟く。
「……無理しすぎ」
テオドールも腕を組んだまま頷く。
「今は仕上げる段階だ。これ以上は消耗するだけだな」
レオンは苦笑する。
「分かってる。でも――」
一瞬、言葉が止まる。
そこに、ルシアンが歩み寄る。
「焦る必要はありません」
静かな声。
「ここまで来たのなら、あとは“出すだけ”です」
レオンが視線を向ける。
「……勝てると思うか?」
率直な問いに、ルシアンは少しだけ目を細める。
「難しいでしょう」
だが――
「ですが」
一歩、近づく。
「あなたは、何度もそれを覆してきたはずです」
静かに、だが確信を込めて言う。
「……やるしかないでしょう」
その言葉に、レオンは一瞬だけ目を見開き――
そして笑った。
「ああ」
小さく拳を握る。
その肩口で、淡い光がふわりと揺れた。
――光の下位精霊。
言葉はない。ただ、寄り添うようにそこにいる。
ルシアンはその様子を一瞥し――
ふと、空を見上げた。
――違和感。
遥か上空。
誰も気づかないほど微細な、だが明確な“異常”。
(……なぜここに)
表情は変えない。
だが、次の瞬間には踵を返していた。
「少し外します」
それだけ言い残し、訓練場を後にする。
レオンが振り返る。
「ルシアン?」
だが、その背はすでに遠ざかっていた。
⸻
学園都市の上空。
人の気配が届かない、高み。
そこに――“それ”はいた。
黒い外套を揺らし、空中に佇む影。
魔族四天王ゼルキス。
「やぁ、ルシアン」
軽い調子の声。
まるで旧友にでも話しかけるかのように。
ルシアンは上昇をやめ、静かに立ち止まる。
「……何をしにきた」
低い声に、ゼルキスは肩をすくめる。
「少し前に殺した連中がさ、面白いこと喋っててさ。いまここにある学園で、強いやつを決める戦いをやってるんでしょ?」
口元が歪む。
「楽しそうだから、俺も混ぜてもらおうかなって」
ルシアンの視線が鋭くなる。
「お前がこの都市に現れたら、大騒ぎでそれどころじゃなくなる」
「えー、でもさ」
ゼルキスは楽しげに笑う。
「てことは、俺を倒しに強い奴らが来てくれるんだろ?」
「前に守護者だっけ?あいつらともやり合ったけど、少しは楽しかったなぁ」
あっさりと言う。
「まぁ、結局殺しちゃったんだけどさ」
軽い。
あまりにも軽い。
命の重さなど、そこにはない。
「それとも――」
視線が細くなる。
「今度こそ、君が相手してくれる?」
一歩、距離が縮まる。
「君が相手してくれるなら、今回は我慢してあげるよ」
沈黙。
ルシアンの内側で、思考が高速で巡る。
(……正直言って)
(今の状態では、勝てない)
子どもの頃と比べれば圧倒的に強くなった。
だが――
(せいぜい、SSSランクにギリギリ届く程度)
(だが、こいつは……)
確実に、それ以上。
(どうする……)
その時。
「受けてやればいいだろう」
――声。
いつの間にか、そこに浮遊していた。
ヒューギル。
ルシアンとゼルキス、両者がわずかに目を見開く。
(……いつの間に)
ゼルキスが笑う。
「へぇ……全然気づかなかったよ。たしか君には前に会ったことあるね」
ヒューギルは視線を動かさない。
「四天王ゼルキスよ、今のやりとりは聞かせてもらった。このルシアンと戦えれば、今日のところは引くのだな」
ゼルキスは即答する。
「もちろん!」
「いま俺が一番興味あるのはルシアンだからね。俺は強くなったルシアンを見たいだけだから、殺しはしないよ」
ヒューギルは静かに頷く。
「もし殺しそうになれば、私が介入する」
ゼルキスが肩を揺らして笑う。
「それはそれで面白そうだけど」
そして、ルシアンへ視線を戻す。
「で、どうするルシアン?俺と戦ってくれる?」
沈黙。
逃げ場はない。
(……断れないか)
ヒューギルの存在。ゼルキスの脅威。
どちらも無視できない。
ルシアンは静かに息を吐く。
「……わかった。ただし、場所は変えさせてもらう」
ゼルキスの笑みが深まる。
「もちろん!ここじゃ他にも邪魔が入りそうだしね」
空気が変わる。
戦いの気配が、静かに膨れ上がる。
明日、武闘大会が始まる。
その前夜――
誰にも知られぬ場所で。
“本当の戦い”が、始まろうとしていた。




