第178話
第178話
――星の神・アストレイアの加護が判明してから、数日。
武闘大会まで、残り三日。
学園の空気は明らかに変わっていた。軽さは消え、張り詰めた静けさが広がっている。
訓練場。乾いた音が響く。レオンの剣が振り抜かれる。踏み込みは速い。軌道も鋭い。だが――
「まだ浅いな」
ガン、と鈍い音。ガイウスの盾が受け止め、そのまま押し返される。
「……っ!」
レオンは踏みとどまるが、完全に押されている。
「受けるだけじゃダメだ。押し返せねぇと意味がねぇ」
ガイウスの言葉。ノエルが壁際でぼそりと呟く。
「……圧に弱い」
短い指摘。テオドールも腕を組む。
「単純な出力勝負になると分が悪いな」
レオンは息を吐き、剣を握り直す。
「……分かってる」
その肩口、ほんのわずかに――淡い光が揺れた。
誰にも気づかれないほど小さな、光の粒。それはレオンの傍で、ふわりと漂う。
――光の下位精霊。
小さな存在は、じっとレオンを見つめていた。何も言わない。ただ、そっと寄り添うように。
ルシアンの視線が一瞬だけそこへ向く。
(……いますね)
何も言わない。だが確かに認識している。
ノエルもわずかに眉を動かす。
(……やっぱりいる)
だが口には出さない。
レオンは気づかぬまま、前を見据える。
「ディルクは正面から来るでしょう」
ルシアンの声が落ちる。空気が変わる。
「逃げ場はありません。圧倒的な耐久とパワーで押し潰す」
一拍。
「そして――それを正確に行う」
テオドールが小さく舌打ちする。
「厄介極まりないな」
ノエルも続く。
「……ただの力押しじゃない」
レオンは苦笑する。
「最悪の相手だな」
その時。入口で足音が止まる。全員が振り向く。
そこに立っていたのは――ディルク・ヴァレンツ。
装飾のない訓練着。鎧はない。だが、その存在だけで空気が沈む。
鍛え上げられた肉体。無駄のない構え。そして何より――重い。
「……訓練中か」
低い声。
レオンが前に出る。
「ああ。ちょうどあんたの話をしてたところだ」
ディルクはゆっくりと歩み寄る。一歩ごとに、圧が増す。
レオンは無意識に構える。
その背後で、光の精霊がふわりと揺れた。まるで「大丈夫」とでも言うように。
ディルクは目の前で止まる。
「俺はディルク。レオン。初戦の相手として、挨拶に来た」
「レオンだ。よろしく頼む」
視線が交差する。
その瞬間――レオンの背筋に冷たい感覚が走る。
ディルクが言う。
「一撃、受けてみるか」
「……いいのか?」
「構わん」
レオンは剣を構える。その時、ほんの一瞬だけ。光の精霊がレオンの肩口に触れた。
――温かい。
わずかに、力が整う感覚。
次の瞬間。
振り下ろされる一撃。
「っ!!」
レオンは受ける。
――重い。
だが、さっきとは違う。
完全には崩れない。
「……ほう」
ディルクの目がわずかに細くなる。
レオンは歯を食いしばる。
押される。それでも――耐える。
「……くっ!」
だが、やはり押し切られる寸前。
その瞬間、ディルクが力を止めた。剣が離れる。静寂。
レオンは荒く息を吐く。
ディルクは淡々と言う。
「これが俺の一撃だ」
ノエルが小さく呟く。
「……バカみたい」
テオドールも眉を寄せる。
「単純な力でこれか……」
ディルクは続ける。
「避けてもいい。受けてもいい。だが――中途半端なら終わらせる」
レオンはゆっくりと顔を上げる。
そして――笑う。
「……いいな」
ディルクの目がわずかに細くなる。
「何がだ」
「分かりやすい」
剣を握り直す。
「正面から来るなら、正面からやるだけだ」
迷いのない声。
その背後で、光の精霊が嬉しそうにふわりと揺れる。
一瞬の沈黙。
そして、ディルクの口元がわずかに緩む。
「……いい。その覚悟なら、楽しめる」
踵を返す。
「三日後だ。全力で来い」
去っていく。重い気配だけを残して。
静寂。
レオンが息を吐く。
「……とんでもないな」
ガイウスが笑う。
「素であれは反則だろ」
ノエルがぼそり。
「……潰される」
だが――
レオンの肩口で、光が小さく瞬いた。寄り添うように。支えるように。
ルシアンはそれを静かに見つめる。
(……いいですね)
小さく目を細める。
「ですが――突破は可能です」
レオンが振り返る。
「本当か?」
ルシアンはわずかに微笑む。
「やるのでしょう?」
レオンは笑った。
「ああ」
剣を構える。
残り三日。短い。
だが――
足りている。
“圧”を越えるために。




