第177話
第177話
学園都市の北側。
人通りの多い大通りから少し外れた先に、それはあった。
――教会。
遠目からでも分かるほどの規模。白い石で築かれた建造物は、いくつもの尖塔を空へと伸ばし、その存在感だけで周囲の景色を支配している。
階段の下には人の列ができていた。
祈りを捧げる者。加護の確認に訪れた者。巡礼者らしき姿も混じっている。
「……人、多いな」
レオンが思わず呟く。
「ここは学園都市でも大きな教会の一つですから」
フィアナが穏やかに答える。
「各地から人が訪れます」
三人は階段を上る。
周囲の人々が、フィアナに気づいてざわめいた。
「……聖女様だ」
「本物か……?」
道が自然と開く。
そのまま三人は扉をくぐった。
内部はさらに広い。
高い天井。巨大なステンドグラス。光が色を帯びて床へと落ちる。
祈る者たちの姿。低く響く祈りの声。奥では神官たちが慌ただしく動いていた。
完全に“機能している場所”だった。
その空気の中を進むと、一人の男が歩み寄ってくる。
年配の司祭。落ち着いた佇まいだが、その目は鋭い。
「これはこれは、聖女様。本日はどのようなご用件で?」
丁寧に頭を下げる。
フィアナも静かに応じる。
「この方が加護を受けているようなので、確認しに参りました」
レオンが軽く頭を下げる。
「はじめまして。レオンといいます」
司祭の表情がわずかに変わる。
「……レオンといえば、今代の勇者様ではありませんか」
驚きと、確かな敬意。
すぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「ささ、どうぞこちらへ」
手で示されたのは、一般の礼拝空間ではない。
脇の回廊を抜けた先――奥へと続く扉だった。
「聖女様、あとは私どもにお任せください」
「お願いいたします」
フィアナが頷く。
レオンは少し緊張した様子で振り返る。
「すぐ終わるよな?」
「ええ。問題ありません」
その言葉に頷き、レオンは司祭とともに奥の別室へと消えていった。
扉が閉まる。
外の喧騒は遠くなり、ここだけが少し静かになる。
とはいえ、完全な静寂ではない。
人の気配。祈りの声。遠くで鳴る足音。
“世界の中心”としての重みが、確かにあった。
フィアナが静かに口を開く。
「……ルシアン」
ルシアンが視線を向ける。
「どうしました?」
フィアナは一瞬だけ迷い――そして言う。
「あなたも、神々と何らかの関わりがありますよね」
まっすぐな言葉。
ルシアンはわずかに首を傾ける。
「なぜそう思うのですか?」
「遠征学習の時だったり……」
静かに続ける。
「極々たまにですが、微かに神気を感じることがあります」
視線がわずかに揺れる。
「ですが……レオンや他の加護を受けている方とは何か違うのです」
違和感。
説明しきれない差。
「ルシアン……あなたは何者なんですか?」
教会の光が二人の間に落ちる。
ルシアンはその視線を受け止め、わずかに目を伏せる。
そして――
「……いまはまだ、話せることはありません」
静かな声。
「時期が来たら、いずれ私の秘密を話しましょう」
揺るがない線引き。
フィアナは小さく頷く。
「……そうですか」
それ以上は踏み込まない。
その時――
奥の扉が開く。
「終わったぞ!」
レオンが戻ってくる。
先ほどより少しだけ表情が明るい。
「どうでしたか?」
フィアナが問いかける。
レオンは答える。
「星の神・アストレイアの加護を受けてるらしい」
フィアナの表情がわずかに柔らぐ。
「……アストレイア様でしたか。アストレイア様は運命と導きを司ります」
「先々を見通す力を持つ神様の力……だからこそ、あの先読みのような動きができたのでしょう」
レオンが目を輝かせる。
「やっぱりそうだったのか……!」
ルシアンが静かに言う。
「そうでしょうね。たしか記録には、アストレイア様の加護を得て未来すら見通す力を手に入れた者がいたはずです」
「そうなのか!?」
レオンが驚く。
「すごいな……俺もいつかできるようになるのかな」
フィアナが微笑む。
「可能性は十分にあります」
レオンは小さく拳を握る。
その様子を、ルシアンは静かに見ていた。
(……導き、ですか)
わずかに目を細める。
教会の中、祈りの声は絶えない。
人の願いと、神の力が交差する場所。
その中心で――
三人の運命もまた、静かに動き始めていた。




