第171話
第171話
夜。
学園は静けさに包まれていた。
昼間の熱狂が嘘のように、廊下には人の気配も少ない。窓の外には月明かりが広がり、淡い光が石畳を照らしていた。
その一角。
中庭に面した廊下で、レオンは一人立っていた。
手すりに軽く寄りかかり、夜空を見上げる。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
身体の痛みはだいぶ引いた。だが、完全に回復したわけではない。
それ以上に――
(……ギリギリだったな)
リオルドとの戦いを思い出す。
そして、レティシアとの激闘。
どちらも、ほんの少しでも歯車がずれていれば負けていた。
「……俺、勝てたのか?」
自問のように呟く。
「ええ」
後ろから声が返る。
振り返ると、そこにルシアンがいた。
「結果として、あなたは勝っています」
静かな声。
レオンは苦笑する。
「結果、ね……」
少し間を置く。
「正直、あんまり実感ないんだよな」
ルシアンは何も言わない。ただ隣に立ち、同じように夜空を見上げる。
沈黙。
やがてレオンが口を開く。
「リオルドもさ……」
遠くを見るような目。
「あいつ、めちゃくちゃ強かったよな」
「ええ。近接の技術だけで言えば、トップクラスでしょう」
「だよな」
レオンは軽く笑う。
「最初、全然通じなかった」
思い出す。
あの圧倒的な間合い。
隙のなさ。
それでも――
「でも、なんとか対応できた」
「はい」
ルシアンが短く肯定する。
「おそらく神の加護の影響もありますが、それだけではありません。あなた自身が適応した結果です」
レオンは少しだけ目を伏せる。
「……レティシアもさ」
言葉が続く。
「あんなの、持ってるとは思わなかった」
古代魔法。
あの一撃。
思い出すだけで、ぞくりとする。
「普通なら、あれで終わっていましたね」
ルシアンは淡々と言う。
「未完成だったからこそ、あなたは立っていられた」
「……だよな」
レオンは苦笑する。
「運がよかっただけか」
「違います」
即座に否定する。
「立ち上がったのはあなたの意思です」
一瞬、沈黙が落ちる。
レオンは小さく息を吐く。
「……でもさ」
少しだけ、声が弱くなる。
「明日……グランヴェルなんだよな」
名前を口にした瞬間、空気が変わる。
レオンの表情が曇る。
「あいつ……正直、別格だろ」
火力、剣技、絶対の自信と余裕。
どれを取っても、自分より上に見える。
「……勝てる気、あんまりしない」
ぽつりと、弱音が漏れる。
ルシアンは黙って聞いていた。
否定もしない。慰めもしない。
ただ――
「やるしかないでしょう」
静かに言う。
レオンが顔を上げる。
「これまでも、あなたはそうしてきたはずです」
淡々とした口調。
だが、その言葉には確かな重みがあった。
「勝てるかどうかではなく、どう戦うか。それを選び続けた結果が、今です」
レオンは何も言わない。
ただ、その言葉を受け止める。
「……あなたは、ここまで来た」
ルシアンが続ける。
「ならば最後までやるだけです」
一拍。
レオンがゆっくりと息を吐く。
そして、小さく笑う。
「……だな」
さっきまでの弱さは、もうない。
「やるしかないか」
「ええ」
短い肯定。
レオンが夜空を見る。
月は変わらず、そこにある。
「……ありがとな、ルシアン」
「別に」
素っ気ない返事。
だが、少しだけ空気が柔らぐ。
(あなたには、この程度で挫けてもらっては困ります)
静かな夜。
決戦の前の、わずかな時間。
二人は並んで立ち、同じ空を見上げていた。
明日。
すべてが決まる。




