第170話
第170話
医務室には静かな空気が流れていた。
先ほどまでの熱狂が嘘のように、落ち着いた時間。
ガイウスがベッドに腰掛け、ノエルが壁にもたれ、テオドールが腕を組んでいる。フィアナはレオンとレティシアの容態を確認し、シャロンはその傍で控えていた。
そんな中。
小さく、布が擦れる音がした。
「……ん……」
レティシアのまぶたがゆっくりと開く。
視線がぼんやりと天井を捉え、やがて焦点が合う。
「……ここは……医務室ね」
状況を理解するまでに時間はかからなかった。
小さく息を吐く。
「……負けちゃったかー」
軽い調子。
だが、その奥にあるものは隠しきれていない。
上体を起こす。
フィアナがすぐに声をかける。
「レティシアさん、まだ無理は――」
「大丈夫よ」
軽く手を振って制する。
そして視線を巡らせる。
ルシアン、ノエル、テオドール、ガイウス。
そして眠っているレオン。
口元がわずかに緩む。
「……初めて会った時は、何も知らないただの平民だったのに」
小さく笑う。
「私を負かすとは……生意気になったものね」
その言葉に、ノエルが小さく肩をすくめる。
「……あんたも大概だったけど」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
レティシアはさらりと返す。
そしてベッドから足を下ろす。
シャロンがすぐに寄る。
「お嬢様、まだ安静に――」
「動けるわよ」
立ち上がる。
多少ふらつくが、倒れるほどではない。
「帰るわよ、シャロン」
当然のように言う。
シャロンは小さくため息をつく。
「……本当に無茶ばかりですね」
だがそれ以上は何も言わない。
それが彼女なりの信頼だ。
レティシアが扉の方へ歩き出す。
その途中で、ふと足を止めた。
ガイウスの方を見る。
「明日よろしくね、ガイウスくん」
軽く手を振る。
ガイウスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑う。
「おう、任せとけ」
そのままレティシアは背を向ける。
シャロンが付き従い、二人は医務室を後にした。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
ノエルがぼそりと呟く。
「……最後まであの調子」
「それが彼女だ」
テオドールが短く答える。
ルシアンは何も言わず、ただ扉を一瞬だけ見つめた。
そして――
ベッドの方へ視線を移す。
レオン。
その指先が、わずかに動いた。
「……ん……」
ゆっくりと目が開く。
ぼんやりとした視線が天井を捉える。
「……あれ……」
しばらくして、意識が戻る。
身体を起こそうとするが、フィアナがすぐに制止する。
「無理をしないでください」
「……ああ、ごめん」
レオンは小さく苦笑する。
「最後……どうなったんだっけ」
少し間が空く。
そしてガイウスが口を開く。
「お前の勝ちだよ」
「……え?」
レオンが目を瞬かせる。
テオドールが淡々と続ける。
「レティシアを下して、勝利している」
ノエルも小さく頷く。
「ギリギリだったけどね」
レオンはしばらく黙る。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「……そっか」
ふと周囲を見る。
「レティシアは?」
「さっき帰ったところだよ」
ガイウスが答える。
「そうか……」
短く呟く。
それ以上は言わない。
ルシアンが一歩前に出る。
「レオン」
静かな声。
レオンが顔を上げる。
「明日は決勝です」
その一言で、空気が変わる。
「相手はグランヴェル」
レオンの表情が引き締まる。
ルシアンは続ける。
「正直に言って、今日以上に厳しい戦いになるでしょう」
淡々とした口調。
だが、その内容は重い。
「彼の戦い方は、剣撃と火属性による圧倒的な高火力」
「剣技も巧みで、魔法の出力も異常です」
ルシアンの目が細くなる。
「遠距離でやり合うよりは……近距離で斬り合った方が、まだ可能性はあります」
レオンは静かに聞いている。
「ですが、それでも厳しいことに変わりはありません」
一拍。
そして、わずかに声を和らげる。
「今日はもう、しっかり休んでください」
「明日に備えることが、今の最善です」
レオンは小さく頷く。
「……分かった」
短い返事。
だが、そこに迷いはなかった。
医務室の中に、再び静かな時間が流れる。
決戦は、すぐそこまで迫っていた。




