第168話
第168話
爆煙が、ゆっくりと晴れていく。
焼け焦げた地面。抉られた闘技場。空気はまだ熱を帯びていた。
その中心に――二つの影。
レティシアは杖に体を預け、荒く息をついている。額には汗が滲み、呼吸は乱れていた。魔力の消耗は明らかだ。
「……っ、やっぱり……無茶したわね……」
視線の先。
煙の中から、ゆっくりと人影が立ち上がる。
レオンだ。
全身が焼け焦げ、衣服はところどころ裂けている。呼吸は荒く、足取りも不安定。それでも――
立っている。
観客席がどよめく。
「立った……!」
「まだやる気か……!?」
ルシアンは静かに見ていた。
(……やはり)
完全な古代魔法ではない。
今の一撃は強力ではあったが、“本来の威力”には届いていない。
(空間魔力の制御が甘い)
古代魔法は本来、自身の魔力だけでなく空気中に漂う魔力を取り込み、増幅して放つ術式だ。だがレティシアはそれを完全には扱えていない。
(空気中の魔力を感知できていない……だから未完成)
結果として、出力は落ちた。
だからこそ――
(レオンは、倒れなかった)
レオンが一歩踏み出す。
ふらつく。
だが倒れない。
レティシアが息を整えながら小さく笑う。
「……本当にしぶといわね」
レオンも笑う。
「そっちこそ……あんなの、初めて見たよ……」
言葉は途切れ途切れ。
だが、その目はまだ死んでいない。
レティシアが杖を握り直す。
だが、魔力はほとんど残っていない。
(……もう魔法は厳しい)
分かっている。
あと一撃も放てば、完全に枯渇する。
レオンも同じだ。
身体強化の反動。
ダメージの蓄積。
もう限界に近い。
ルシアンが静かに呟く。
(……最後ですね)
どちらも、もう長くは持たない。
先に崩れた方が負ける。
レオンが剣を構える。
ゆっくりと。
だが確実に。
レティシアも杖を構える。
その構えは、先ほどまでよりもずっと低い。だが、隙はない。
観客席が静まり返る。
誰も声を出さない。
ただ見守る。
次の一撃が、すべてを決めると理解しているから。
レオンが踏み込む。
遅い。
だが、それでも前へ。
レティシアが迎え撃つ。
杖を振るう。
レオンが剣で受ける。
衝撃。
互いに後退。
もう一度レオンが踏み込む。
レティシアが応じる。
打ち合い。
一合、二合、三合。
どちらも鈍い。
だが――
重い。
これまでのどの攻防よりも、重い一撃。
レオンの剣が振り下ろされる。
レティシアが受ける。
だが腕が震える。
踏ん張る。
耐えて、反撃。
杖が振るわれる。
レオンが受ける。
膝が折れかける。
だが――
「まだ……!」
踏みとどまる。
レオンが一歩、前へ。
レティシアの足がわずかに下がる。
差が、出る。
ほんの僅か。
だが確実に。
ルシアンの目が細くなる。
(……ここです)
レオンが最後の力を振り絞る。
一歩。
もう一歩。
剣を振るう。
レティシアが受ける。
だが――
間に合わない。
ほんの僅か、遅れる。
剣が杖を弾く。
体勢が崩れる。
「……っ!」
レティシアの視界が揺れる。
次の瞬間。
レオンの剣が、彼女の喉元で止まる。
静寂。
勝負あり。
レティシアの体から力が抜ける。
そのまま――
崩れ落ちた。
意識を失う。
観客席が一瞬遅れて爆発する。
「決まったぁ!!」
「レオンだ!!」
審判の声が響く。
「――勝者、レオン!」
その声を聞いた瞬間。
レオンの膝が崩れる。
剣を支えにする。
だがもう限界だった。
「……はは……」
かすかに笑う。
そして――
そのまま前に倒れた。
意識を失う。
闘技場の中心に、二人の勝者と敗者が並ぶ。
ルシアンは静かにそれを見ていた。
(……いい戦いでした)
限界の先。
その一歩を踏み出したのは――
レオンだった。




