第164話
第164話
闘技場の空気が変わる。
準決勝。
観客席は満員に近く、視線はすべて中央へと集まっていた。
第一試合――グランヴェル対ガイウス。
名前が呼ばれると同時に、二人が闘技場へと姿を現す。
グランヴェルはいつも通り、気負いもなく歩く。視線は正面、余計なものは見ていない。その存在自体が、すでに完成された戦士のそれだった。
対するガイウスは大きく息を吐き、肩を回す。
「……相手が相手だな」
苦笑交じりの声。だがその目は死んでいない。
ルシアンは観客席から静かに見ていた。
(……実力差はある)
通常であれば、勝負にならない。
(しかし、ガイウスは簡単には崩れません)
審判が手を上げる。
「――始め!」
次の瞬間、ガイウスが動いた。
先手。
踏み込み。
地を蹴る音が重く響く。
間合いを詰める。
大盾を前に構え、そのまま体ごと押し込むように入る。
斬撃。
グランヴェルがわずかに身体をずらす。最小限。剣が空を切る。
だがガイウスは止まらない。
連撃。
一撃、二撃、三撃。
すべて力の乗った重い攻撃。
グランヴェルはそれを避ける。受け流す。だが――完全に無視はしない。
距離を取る。
観客席がざわめく。
「ガイウスから行った!」
「攻めてるぞ!」
ガイウスが息を吐く。
(通らねぇのは分かってる)
それでも行く。
止まった瞬間、終わる。
再び踏み込む。
グランヴェルが初めて剣を振るう。
一閃。
速い。
ガイウスが盾で受ける。
重い衝撃。
腕が軋む。
だが――
「……まだだな」
ガイウスは踏みとどまる。
後退しない。
観客席がどよめく。
「受けた……!」
ルシアンがわずかに目を細める。
(……やはり)
ガイウスの防御は異常だ。
単純な技術だけではない。踏ん張り、重心、体の使い方。すべてが“崩れないため”に最適化されている。
グランヴェルがわずかに視線を向ける。
興味。
ほんの僅かだが。
ガイウスが踏み込む。
盾で押し込む。
体当たりに近い動き。
グランヴェルが横へずれる。
そのまま反撃。
ガイウスが盾で受ける。
衝撃。
だが崩れない。
再び斬撃。
受ける。
崩れない。
その繰り返し。
観客席のざわめきが変わっていく。
「……硬すぎるだろ」
「全然崩れねぇ」
ガイウスの呼吸は荒い。
だが笑う。
(黒皮のオーガに比べりゃ……)
脳裏に浮かぶ。
あの遠征。
Sランクの魔物。
あの圧力。
(まだいける)
足を踏ん張る。
盾を構える。
グランヴェルが踏み込む。
一閃。
衝撃。
腕が震える。
だが――耐える。
グランヴェルの動きが変わる。
連撃。
一撃、二撃、三撃。
すべて速い。
すべて重い。
だがガイウスは受ける。
防ぐ。
崩れない。
ルシアンは静かに見ていた。
(……面白いですね)
本来なら、すでに崩れていておかしくない。
だがガイウスは立っている。
グランヴェルが一歩引く。
わずかな沈黙。
そして初めて、はっきりとガイウスを見る。
ガイウスが息を吐く。
「……まだまだいけるぜ」
グランヴェルの口元がわずかに歪む。
「お前のことを侮りすぎていたようだな」
静かな声。
「もっと思い切り攻撃しても問題なさそうだな」
空気が変わる。
観客席が息を呑む。
ルシアンの目が細くなる。
(……来ますね)
グランヴェルの気配が、わずかに変質する。
これまでとは違う。
ガイウスが盾を構える。
歯を食いしばる。
(来いよ……!)
次の瞬間――
試合は、さらに加速しようとしていた。




