第156話
第156話
武闘大会初日が終わりを迎えようとしていた。
夕方の闘技場には、昼間とはまた違う熱気が残っていた。すべての三回戦が終了し、敗者は去り、勝者だけがこの場に残っている。最初は八十人いた出場者も、今はもう八人しかいない。
ルシアンは観客席から闘技場を見下ろしていた。
試合場には、まだ戦いの跡が残っている。抉れた地面、焦げ跡、砕けた石床。短い時間の中でも、それだけ激しい戦いが繰り返されてきたということだった。
レオンは三回戦を終え、少し離れた場所で剣を布で拭っていた。息は整っているが、疲労がないわけではない。ラグとの試合は、これまでで一番消耗が大きかった。
それでも、表情は悪くない。
むしろ、少しだけ鋭さが増していた。
(……良いですね)
強敵と戦うたびに、レオンの動きは洗練されていく。遠征でも個別任務でもそうだったが、実戦の中での吸収が早い。今の三回戦でも、最初は押されていたにもかかわらず、最後には相手の癖を読み切っていた。
視線をずらす。
別の試合場では、すでに勝ち残った者たちがそれぞれ休んでいた。
グランヴェル。
レティシア。
テオドール。
ガイウス。
レオン。
リオルド。
Aクラス一位ディオン・アルクス。
Bクラス一位エドガー・レイン。
八人。
それが一年生の中で、今この時点で残った実力者たちだった。
ガイウスが大きく息を吐いた。
「……ようやく終わったな」
近くのベンチに腰掛ける。普段よりも少しだけ疲労が見える。だが、その顔には悔しさよりも、むしろ次への緊張が浮かんでいた。
テオドールも額の汗を拭いながら座る。
「初日で三回戦までって、思ったよりきついな」
「そりゃそうだろ」
ヴァルクが負けた側の待機席から肩をすくめる。すでに敗退は決まっているが、まだ会場には残っていた。
「見てるだけでも疲れるくらいだ」
その隣で、ノエルが腕を組んだまま闘技場を見下ろしていた。
「……まあ、当然でしょ」
淡々とした声だった。
「ここまで来た連中だし」
ガイウスが視線を向ける。
「お前、悔しくねぇのか?」
ノエルは少しだけ眉を動かす。
「悔しくないわけないでしょ」
だが、すぐに視線を闘技場へ戻す。
「……でも、負けたのは事実だし」
「言い訳するつもりもない」
少し間を置く。
「それに――」
小さく息を吐く。
「どうせなら、誰が勝つか見ておきたい」
レオンが苦笑する。
「それだけか?」
ノエルがちらりと見る。
「それだけ」
そして、少しだけ口元を歪める。
「……まあ、せめて私を倒した相手くらいは、上まで行ってくれないと困るけど」
皮肉のような言い方だった。
だが、それがノエルらしかった。
ガイウスが笑う。
「素直じゃねぇな」
ノエルが視線を外す。
「別に」
「負けた人間が素直になる必要もないでしょ」
そのまま腕を組み、静かに闘技場を見続ける。
悔しさはある。
だが、それを表に出すほど子供でもなかった。
その時、中央にレオニードが現れる。
ざわめいていた闘技場が静まる。
「……三回戦までが終了した」
低い声が響く。
「これより、明日の準々決勝の組み合わせを発表する」
空気が変わる。
ここを勝てば、一年生代表が確定する。
つまり――明日の試合は、今日までとは重みが違う。
レオンも立ち上がる。
ルシアンは静かにその横顔を見る。さっきまでの柔らかな表情は消え、まっすぐ前を見ていた。
レオニードが告げる。
「第一試合」
「グランヴェル」
「ディオン」
わずかに観客席がざわついた。
当然だった。
Sクラス首位と、Aクラス首位。
初日を見ていた者なら、どちらも別格だと分かっている。
グランヴェルは腕を組んだまま、表情一つ変えない。
ディオンも静かに立っているだけだった。互いに相手を見てもいない。だが、その間にある空気は明らかに張っていた。
「第二試合」
「ガイウス」
「エドガー」
ガイウスが小さく息を吐く。
「……きたな」
エドガーは反応を見せない。ただ静かに前を見ている。三回戦でノエルを破った男。堅実で、冷静で、そして強い。
相性は悪くない。
だが、楽でもない。
ルシアンはそう判断していた。
「第三試合」
「レオン」
「リオルド」
レオンがわずかに目を細める。
隣ではリオルドが、少しだけ楽しそうに笑っていた。
「やっと当たったな」
明るい声だった。
だが、その目は真剣だった。
ここまで来た以上、もう“頑張ろう”で済む相手ではない。どちらも本気で、代表の座を取りに来ている。
レオンも頷く。
「ああ」
「いい試合にしよう」
リオルドが笑う。
「もちろん」
ルシアンは二人のやり取りを静かに見ていた。
この組み合わせは興味深い。
剣と徒手空拳。
総合力のレオンと、近接技術に特化したリオルド。
互いに手の内を知っているからこそ、単純な試合にはならないだろう。
「第四試合」
「レティシア」
「テオドール」
最後の組み合わせが告げられる。
レティシアが小さく目を細める。
テオドールは肩を竦めた。
「……最悪だな」
「失礼ね」
レティシアが即座に返す。
「むしろ面白い組み合わせでしょう?」
「面白いって言えるのは、お前の方が余裕があるからだろう」
「余裕がなければ勝てないわよ」
火花が散る。
だが、互いに実力を認めているからこその言葉でもあった。
四試合。
どれも一方的にはならないだろう。
会場全体の空気が重くなる。
レオニードが最後に言う。
「以上だ」
「明日は準々決勝、準決勝まで行う」
「代表四名が決まる」
短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
ざわめきが広がる。
初日を勝ち残った八人は、明日で半分になる。
そして残った四人だけが、一年生代表として、一ヶ月後の学園全体武闘大会へ進むことになる。
ルシアンは静かに息を吐いた。
どの組み合わせも悪くない。
だが、やはり最も気になるのは――
レオンとリオルド。
今のレオンがどこまで通用するのか。リオルドの技術に対し、剣でどう対応するのか。そして、その中でさらに成長できるのか。
試合は明日。
今日はもう終わりだ。
だが――
戦いは、まだ始まったばかりだった。
レオンがルシアンの方を見る。
「……今日も少し付き合ってくれるか?」
ルシアンは小さく頷く。
「ええ」
「リオルド対策ですか」
レオンが苦笑する。
「まあ、そんなところ」
「近づかれたら厄介だからな」
「そうですね」
ルシアンは答える。
「なら、近づかれる前提で考えましょう」
レオンが少し笑った。
「……厳しいな」
「今さらです」
二人はそのまま闘技場を後にする。
明日の試合に向けて。
代表の座を掴むために。
初日は終わった。
だが、二日目こそが本番だった。




