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果てなき世界  作者: 影川明空人
第4章 学園1年目 武闘大会編
146/180

第145話

いつもよりちょっと長いです

第145話


 魔族が踏み込んだ。


 速い。


 人型でありながら、動きは魔物よりも遥かに洗練されている。重心移動に無駄がない。剣を握る手にも迷いがなく、一歩目から明確な殺意が乗っていた。


 レオンが前に出る。


 剣を構え、真正面から迎え撃つ。


 金属音。


 剣と剣がぶつかり、重い衝撃が腕へ伝わる。


「っ……!」


 重い。


 遠征で戦った黒皮のオーガとは違う圧だった。あちらは圧倒的な膂力で押してきた。だが、目の前の魔族は違う。技術がある。力だけではない。踏み込み、間合い、剣筋、そのどれもが洗練されていた。


 魔族が口の端を上げる。


「人間にしては、悪くない」


 次の一撃。


 横薙ぎ。


 レオンが受ける。だが、その直後に下からすくい上げるような斬撃が来る。レオンはとっさに後ろへ飛ぶ。頬を浅く裂かれる。


 血が滲む。


 魔族は止まらない。


 距離を潰す。


 速い。


 レオンが迎え撃とうとしたその瞬間、足元に小さな風が走った。ほんのわずかに身体が前へ押し出される。半歩早く踏み込めた。


 その半歩で、剣が間に合う。


 再び衝突。


 ルシアンの補助だった。


 ルシアンは前へ出ない。あくまで一歩後ろ。レオンの死角に入り込まず、だが戦場全体を見ている位置。


「レオン」


 静かな声。


「受けすぎです」


 レオンが奥歯を噛む。


「分かってる!」


「なら、もっと横を使ってください」


 魔族が再び踏み込む。


 今度は真上からの振り下ろし。


 レオンは真正面で受けず、半歩ずれて軌道を流す。重い一撃が地面を叩く。土が跳ねる。その隙を狙ってレオンが斬り返す。


 浅い。


 だが入った。


 魔族の眉がわずかに動く。


「ほう」


 レオンが息を吐く。


(通る)


 黒皮のオーガほど硬くはない。ならば技術で崩せる。


 魔族が連撃に移る。


 速い。


 一撃、二撃、三撃。


 レオンは捌く。だが、まだ甘い。どうしても最後に押される。遠征の時よりは明らかに良くなっている。だが、まだ足りない。


 ルシアンが静かに見ていた。


(悪くありません)


 踏み込みは良くなっている。剣の振りも以前よりは鋭い。遠征からの数日、毎晩続けた稽古の成果は確かに出ていた。だが、目の前の相手はSランク相当の上位魔族。小手先の改善だけで覆せる差ではない。


 魔族が踏み込みのリズムを変える。


 レオンの反応がわずかに遅れる。


 剣閃。


 脇腹を狙う一撃。


 その瞬間、レオンの身体が自然に半身になる。まるで最初からその軌道を知っていたかのような回避。刃は浅く掠めるだけで終わる。


 ルシアンの目が細くなる。


(……今のは)


 偶然ではない。


 レオンから、ごくわずかな気配を感じた。


 神性に似た――極めて微弱な気配。


 だが確かに存在した。


(……神の気配)


 まだ断定はできない。だが、違和感は確実だった。


 レオンは気付いていない。


「……今の、危なかったな」


 息を吐きながら言う。


 魔族が笑う。


「勘だけはいいらしい」


 レオンが剣を握り直す。


 再び戦闘。


 レオンの動きが少しずつ良くなっていく。


 だが――魔族もまだ余裕がある。


 連撃。


 押し込み。


 レオンが防ぐ。


 互角。


 だが決定打にならない。


 魔族の剣筋は鋭く、それでいていやらしい。わざと浅い角度から切り込み、レオンに受けさせたところを次の一撃で崩しにくる。実戦を積んだ者の戦い方だった。


 レオンは押されながらも、必死に食らいつく。


 遠征の時とは違う。


 今回は一対一に近い。だからこそ、自分がどこで劣っているのかが分かる。反応が遅い。間合いの詰め方が甘い。読み合いでも負けている。


(でも……)


 剣を受ける。


 衝撃で腕が痺れる。


(届かない相手じゃない)


 レオンが踏み込む。


 剣を振るう。


 魔族が受ける。


 そのまま押し込み、肩をぶつけるように間合いへ潜る。遠征の時より滑らかだ。魔族の口元の笑みが少しだけ薄れる。


 レオンの剣が下から跳ね上がる。


 魔族はかろうじて防ぐ。だが体勢が崩れる。


 そこへ追撃。


 もう一歩。


 だが、その踏み込みがわずかに浅い。


 魔族が立て直す。


 剣が閃く。


 レオンの肩へ入る軌道。


 その瞬間、ルシアンの指先がわずかに動く。地面の土がほんの少し盛り上がり、レオンの足を支える。踏み込みが半歩伸びる。


 レオンの身体が前へ出る。


 魔族の斬撃が浅く逸れる。


 レオンの剣が魔族の肩口を裂いた。


「っ――」


 初めて魔族の表情が歪む。


 レオンが息を荒くしながら下がる。


 ルシアンが静かに言う。


「今のです」


「踏み込みを止めないでください」


 レオンが短く返す。


「ああ」


 戦場の空気が張り詰める。


 少し離れた場所では、アルベインたちも別の魔族と交戦していた。あちらも楽ではない。剣士が前を支え、弓使いの女が矢を飛ばし、回復役が援護し、アルベインの魔法が戦線を保っている。だが、こちらへ割ける余裕はない。


 つまり――この魔族は、レオンとルシアンで抑えるしかない。


 レオンが深く息を吸う。


 吐く。


 遠征の時の感覚を思い出す。限界を越えたあの瞬間。身体の奥から力が湧き上がった、あの光。


(出せ)


 だが、焦るほど掴めない。


 魔族は待たない。


 再び来る。


 今度は鋭い連撃。レオンが捌く。だが四撃目で押し込まれる。五撃目が頬を裂く。六撃目を受けた瞬間、腕が痺れる。


「レオン」


 ルシアンの声。


「力に頼ろうとしすぎです」


 レオンが下がりながら言い返す。


「頼ろうとしてるわけじゃない!」


「なら、もっと落ち着いてください」


 静かな声だった。


「相手を見て」


「自分を見失わないで」


 魔族が笑う。


「人間同士で余裕だな」


 地を蹴る。


 剣が閃く。


 レオンは受けない。横へ流す。返す刀で斬る。魔族が避ける。さらに追う。剣と剣が噛み合う。押し合い。レオンは踏み込む。魔族が押し返す。拮抗。


 その時、レオンの中で何かが噛み合った。


 恐怖ではない。


 焦りでもない。


 ただ、目の前の相手を倒すために必要な一手だけを考える。余計な雑念が消えていく。音が遠のく。視界が澄む。


 魔族の動きが、少しだけ遅く見えた。


「……っ」


 レオンの身体から、淡い光が漏れる。


 魔力が変わる。


 ルシアンの目が細くなる。


(来ましたか)


 勇者の力。


 まだ不安定だ。だが、遠征の時のような一瞬の爆発ではない。今回は、意識の中で掴みかけている。


 レオンが踏み込む。


 速い。


 魔族の目が見開かれる。


「何……?」


 レオンの剣が、先ほどよりも一段深く食い込む。魔族が飛び退く。傷口から血が流れる。


 完全ではない。


 だが――確かに出た。


 レオン自身も分かっていた。


「……これか」


 魔族が表情を変える。


「面倒な」


 踏み込む。


 だが、さっきまでとは違う。レオンの身体は軽い。剣も速い。踏み込みに迷いがない。勇者の身体強化。その発現はまだ弱いが、十分に戦局を変える。


 ルシアンはあくまで補助に徹する。


 危険な一撃だけを逸らす。


 致命傷になる軌道だけを殺す。


 前に出ない。


 あくまでレオンに戦わせる。


(掴んでください)


 心の中でそう呟く。


 レオンは戦っている。


 目の前の敵と、自分自身の限界と。


 魔族が大きく振りかぶる。


 レオンは真正面から行かない。半歩ずらす。流す。潜る。剣を下から振り上げる。魔族が受ける。だが遅い。頬が裂ける。


 レオンが続ける。


 連撃。


 以前よりも明らかに鋭い。成長がその場で起きていた。


 魔族が舌打ちする。


「人間風情が……!」


 魔力が膨れ上がる。剣に黒い光が宿る。強引に押し切るつもりだった。


 危険な一撃。


 ルシアンが初めて一歩前に出る。


 風魔法。


 剣筋が僅かに逸れる。


 レオンがその隙に懐へ入る。


 迷わない。


 踏み込みは深く、速い。


 一閃。


 魔族の胴を深く裂いた。


 血が舞う。


 魔族がよろめく。


 レオンが息を荒くしながら剣を構える。


「まだだ」


 魔族が睨み返す。


 だが、もう最初の余裕はなかった。


 攻めきれない。


 レオンを押し切れない。


 しかも後ろにいるルシアンが、必要な瞬間だけ確実に介入してくる。そのせいで流れを掴みきれない。


 魔族の苛立ちが増していく。


「……鬱陶しい」


 視線が、再びルシアンへ向く。


「貴様が……!」


 次の瞬間――


 魔族がルシアンへ踏み込んだ。


 今度は明確な殺意を向けて。


 レオンよりも速い斬撃。


 強引に首を刈り取る軌道。


 だが――


 ルシアンは一歩だけ動いた。


 最小限の動き。


 剣が空を切る。


 同時に、軽く手首を払う。


 魔族の体勢が崩れる。


 あまりに自然だった。


 まるで大人が子どもの腕をいなすような気軽さで、Sランク相当の魔族の一撃が無力化された。


 ルシアンは追撃しない。


 ただ静かに立っている。


 魔族が距離を取る。


「……何だ」


 魔族の眉が歪む。


 今の動き。


 見えた。


 だが理解できなかった。


 圧倒されたわけではない。


 それなのに、本能が告げていた。


 ――この男には触れるな。


「貴様……何なんだ」


 声に、わずかな恐怖が混じる。


 ルシアンは静かに言う。


「あなたの相手はレオンです」


 それだけだった。


 余裕も、威圧も見せない。ただ事実だけを告げる。その淡々とした声音が、かえって不気味だった。


 魔族の苛立ちは、もはや焦りに変わっていた。


 レオンが前に出る。


「続きだ」


 再び戦闘。


 レオンの動きがさらに鋭くなる。


 そして――レオンの身体から漏れる光が、先ほどよりも少しだけ安定する。


 ルシアンは静かに見守る。


 レオンは戦っている。


 限界を超えようとしている。


 勇者として――その片鱗を、確かに見せ始めていた。


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