第137話 sideカイル
第137話
大陸東部――アルケシア王国よりさらに東。そこには大小様々な小国が乱立する小規模国家群が存在していた。国境は曖昧で、同盟と裏切りが日常のように繰り返される地域。統一された強大な国家が存在しないため、裏の勢力が入り込みやすい土地でもある。
そして――邪神教が勢力拡大を狙っている場所でもあった。
荒れた街道を、一団が進んでいた。黒い外套を纏った男が二人。その後ろに数名の護衛が続く。先頭を歩くのは、邪神教幹部の一人――セドリオン。穏やかな表情を浮かべた、どこか知的な雰囲気の男だった。
その隣を歩くのはカイル。ルシアンの分身体の一つ。邪神教に潜入している存在だった。
カイルは無言のまま周囲を警戒していた。手に持つのは長槍。無駄のない動きと、隙のない視線。護衛としての役割を自然にこなしていた。
セドリオンが静かに口を開く。
「この地域は本当に興味深いですね」
穏やかな敬語だった。
「国家同士の関係が脆い。少し刺激を与えるだけで、すぐに崩れそうです」
カイルが短く答える。
「……そうでしょうね」
セドリオンが微笑む。
「ですから、ここは我々にとって非常に都合がいい」
少し間を置いて続ける。
「今回の目的は二つです」
カイルが視線を向ける。
「一つは、この小規模国家群を混乱させること」
「そしてもう一つが――」
セドリオンの目が細くなる。
「邪神の欠片の捜索です」
カイルは無言で頷いた。
邪神の十三の欠片。現在、邪神教が保持しているのは六つ。残り七つ。そのうち複数の所在がすでに判明していた。
それを突き止めたのが――邪神教幹部の一人、ゼルハイドだった。
邪神の欠片を研究している男。異常な執着を持ち、長年に渡り欠片の波動や共鳴を解析してきた人物。邪神教内部でも、かなり異質な存在として知られていた。
そのゼルハイドの研究によって、現在判明している所在は五つ。
聖国リュミエル
レグナス帝国
バルセリオン王国
エルフの大森林
そして――この小規模国家群
残り二つは未だ不明。
だが、それでも大きな前進だった。
セドリオンが続ける。
「ゼルハイド翁の研究は非常に優秀です。まさかここまで欠片の所在が判明するとは思いませんでした」
「……あの男は危険ですが、優秀ですからね」
カイルが短く答える。
「ええ。だからこそ幹部なのでしょう」
セドリオンは穏やかに微笑んだ。
「さて――この地域ですが」
「国家が小さい分、情報が散らばりやすい。古代遺跡や禁域も多い」
「欠片が眠っている可能性は十分にあるでしょう」
そして続ける。
「さらに、国家同士の対立を利用すれば、我々の勢力も広げやすい」
カイルが短く言う。
「内乱を起こすつもりですか」
「ええ」
セドリオンが小さく笑う。
「王家と貴族の対立がある国があります」
「そこに少しだけ助言を与える」
「それだけで――争いは自然に激化するでしょう」
穏やかな口調だった。
だが、言っている内容は極めて危険だった。
カイルは黙って歩く。
セドリオンは戦闘を好まない。むしろ戦闘が不得手のように振る舞っている。護衛を必要とする参謀タイプ。周囲の認識もそうなっていた。
だが――カイルは知っていた。
セドリオンは戦える。
少なくともSランク程度の実力はある。
だが、それを見せない。
戦闘が不得手という印象を作り、油断させる。そして言葉で操る。
革命思想家。その名の通りの男だった。
その時――前方に複数の気配。
盗賊だった。
護衛が警戒する。
盗賊が姿を現す。
「止まれ」
「金と荷を置いていけ」
ありきたりな台詞。
セドリオンが困ったように笑う。
「困りましたね」
横を見る。
「カイルくん、お願いできますか?」
カイルが前に出る。
槍を構える。
盗賊が笑う。
「一人か?」
次の瞬間――カイルが踏み込む。
槍が閃く。
一人。
喉を貫く。
続けて回転。
二人。
三人。
一瞬で崩れる。
Aランク相当の男が飛び出す。
剣が振るわれる。
だが――カイルが槍で弾く。
体勢を崩し、そのまま突き。
一撃。
男が崩れ落ちる。
残りの盗賊が逃げ出す。
戦闘終了。
数秒だった。
カイルは槍を振り、血を払う。そして戻る。
セドリオンが穏やかに言う。
「相変わらず頼もしいですね」
「問題ありません」
カイルが答える。
実際は余裕だった。だがそれ以上は見せない。Sランク程度に抑える。それがカイルの立ち位置だった。
セドリオンが歩き出す。
「この先の国で、まずは情報収集ですね」
「そして――火種を用意する」
静かな声。
だが、その意味は重い。
邪神教。幹部。欠片。そして――世界の混乱。
潜入者カイルは静かに進む。
すべての情報を得るために。




