第112話
第112話
「相手は――エルド」
一人の男子生徒が前に出る。細身の体格。短剣を二本持っている。軽装。斥候型の構えだった。
ノエルはわずかに視線を向けるだけで何も言わない。二人が距離を取る。
「始め」
レオニードの合図。
その瞬間、ノエルの姿が消えた。気配が薄くなる。観戦していた生徒たちが息を呑む。
エルドが警戒する。短剣を構え、周囲を見る。だが――
背後。
ノエルが現れる。短剣が伸びる。エルドが振り向き、受ける。金属音が響く。
ノエルはすぐに離れる。再び消える。
(……速い)
ルシアンは静かに見ていた。動きが静か。無駄がない。エルドも悪くない。だが――経験の差があった。
左右から風が動く。フェイント。本命は横。ノエルが滑り込む。短剣が喉元へ。
止まる。
「……そこまで」
レオニードの声。
ノエルが短剣を下げる。エルドが苦笑する。
「……完敗だ」
「勝者、ノエル」
静かな宣言。ノエルは何も言わず戻る。
テオドールが小さく言う。
「……斥候としては優秀だ」
ノエルは肩をすくめる。
「別に」
短い会話。だが先ほどよりも、わずかに空気が柔らいでいた。
ルシアンは静かに見ていた。
(……索敵、隠密、奇襲)斥候として理想的だった。
そして――
レオニードが視線を向ける。
「次」
わずかな間。そして名前が呼ばれる。
「ルシアン」
空気がわずかに変わる。Sクラスの視線が一斉に向いた。
ルシアンは静かに前へ出る。自然な歩み。構えは取らない。
「相手は――ロイド」
槍を持った長身の男子生徒だった。体格もよく、構えも安定している。実力は悪くない。
二人が距離を取る。周囲の視線が集まる。
ルシアンは自然体のまま立っていた。
「始め」
レオニードの合図。
ロイドが踏み込む。槍が伸びる。鋭い突きだった。
ルシアンは半歩動き、躱す。槍が空を切る。
ロイドがすぐに連撃を仕掛ける。横薙ぎ。さらに突き。ルシアンは最小限の動きで躱す。無駄がない。だが速すぎるわけではない。あくまで自然な動きだった。
レオンがわずかに眉をひそめる。
(……届かない)
ロイドがさらに踏み込む。間合いを支配しようとする動き。悪くない判断だった。だが――なぜか届かない。あとわずか。その距離が埋まらない。
ルシアンは大きく動かない。ただ自然に位置を変えているだけだった。
ロイドの動きがわずかに乱れる。焦りが生まれる。
その瞬間。
ルシアンが一歩踏み込む。
剣が抜かれる。
短い音。
ロイドの槍が弾かれる。
そして――
喉元へ。
止まる。
あまりにも自然だった。何が起きたのか分からないほどに。
「……そこまで」
レオニードの声。
ロイドが息を呑む。
「……え?」
短い声だった。
観戦していた生徒たちもざわつく。
「今……何が」
「速かった……?」
「いや……」
はっきりしない。だが――負けていた。
ルシアンは静かに剣を収める。
テオドールが目を細める。(……技術か)
ノエルも静かに見ていた。レオンは少し首を傾げる。
だが――
レオニードは無言でルシアンを見ていた。
そして――
グランヴェルが、わずかに笑う。
レティシアも静かに目を細めていた。
ルシアンが戻る。
その時だった。
「……本当に貴様は隠すつもりがあるのか」
低い声。
グランヴェルだった。口元にわずかな笑みが浮かんでいる。
ルシアンは視線を向ける。
「何のことでしょう」
淡々と答える。
グランヴェルが小さく笑う。
「……そうか」
それ以上は言わない。だが、その目はわずかに楽しそうだった。
レティシアも静かにルシアンを見ていた。
(……やはり)
小さく息を吐く。
ルシアンは何も言わず席へ戻る。
Sクラスの生徒たちはまだざわついていた。だが――何が起きたのか、はっきり分かった者は少なかった。




