第106話
第106話
夕暮れの光が個人訓練場の中へと差し込む。静かな空間。誰もいない。外界から隔離されたこの場所には、二人の気配だけがあった。
クラリスは剣を構える。無駄のない姿勢だった。対するルシアンは自然体のまま立っている。構えすら取らない。
「……変わらないわね」
クラリスが静かに言う。
ルシアンは答えない。ただ静かに見ている。
次の瞬間、クラリスが踏み込んだ。光の魔力が脚に宿る。一瞬で距離が詰まる。鋭い斬撃。
ルシアンは半歩動いた。それだけで躱す。
二撃目。三撃目。連続した斬撃。ルシアンはすべてを最小限の動きで躱す。無駄がなく、正確だった。
「……やっぱり」
クラリスが小さく呟く。
距離を取り、再び踏み込む。今度は地属性。地面が盛り上がり、足場が崩れ、同時に斬撃。ルシアンは自然に動く。崩れた地面を利用するように身体を流し、斬撃を躱す。
さらに地面が動く。拘束するように盛り上がる。だがルシアンはすでにそこにはいない。最小限の動きで位置を変えていた。
クラリスの目が細くなる。
次の瞬間、水の魔力が展開される。水刃が横から迫る。挟み込む形で同時に前方から斬撃。
ルシアンは剣を抜いた。軽く払い、水刃が散る。そのまま半歩動く。斬撃が空を切る。
クラリスは止まらない。光、地、水。三属性が同時に動く。速度が上がり、足場が変わり、水刃が連続する。攻撃の密度が増していく。
それでもルシアンは崩れない。最小限の動きで躱し、必要な時だけ剣を使う。呼吸も乱れない。
クラリスはさらに踏み込む。速度が上がる。斬撃が鋭くなる。だが――届かない。
わずかに。
確実に。
届かない。
やがてクラリスが距離を取る。小さく息を吐いた。
「……もういいわ」
剣を下ろす。静かな空間に戻る。
クラリスはわずかに笑った。
「まだまだ遠そうね」
ルシアンは剣を収める。
「……そうでもありません」
短く答える。
クラリスはわずかに目を細める。そして、静かに息を吐いた。
「付き合ってくれて、ありがとう」
穏やかな声だった。
ルシアンは小さく頷く。
クラリスは少しだけ視線を逸らす。夕暮れの光が横顔を照らす。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「お礼に、この後――」
軽く息を吐く。
「食事でもどう?」
夕暮れの光が、静かに二人を包んでいた。




