第103話
第103話
教室を出ると、廊下にはすでに人の流れができていた。各クラスへ向かう者、案内を確認する者、仲間と話しながら歩く者。先ほどまでの緊張は少し和らいでいる。
ルシアンはその中を静かに歩いていた。
「いやー、思ってたよりピリピリしてたな」
隣でガイウスが大きく息を吐く。
「Sクラスってあんな感じなのかよ」
レオンは少し考えるように言う。
「……当然だと思う。ここにいるのは全員、上位の実力者だ」
「簡単には馴れ合えない」
ガイウスが笑う。
「でもよ、ああいうの嫌いじゃねぇな」
ルシアンは何も言わない。ただ二人の会話を聞きながら歩く。
(……問題ない)
環境としては十分。
その時だった。
「……へぇ」
不意に声が落ちる。
三人の足が止まる。
前方。
一人の女性が、壁にもたれかかるように立っていた。
こちらを見ている。
その視線は――最初から、ルシアンに向いていた。
ゆっくりと身体を起こす。
「一年ぶりね」
静かな声。
ほんの少しだけ、柔らかい。
ガイウスが小さく呟く。
「……誰だ?」
レオンも警戒するように視線を向ける。
だが。
ルシアンは動じない。
「……ええ」
短く返す。
それだけで十分だった。
女性――クラリスは、わずかに目を細める。
ほんの一瞬だけ、安堵が混じる。
「ちゃんと来たのね」
小さく笑う。
「来ないかと思った」
ルシアンは淡々と返す。
「来る理由があったので」
それだけ。
だが、クラリスはそれを聞いて、少しだけ肩の力を抜いた。
「……そう」
数歩、近づく。
自然な動き。
だが、その距離は他の二人よりわずかに近い。
じっとルシアンを見る。
そして、静かに言う。
「さらに強くなったわね」
穏やかな声音。
だが、はっきりとした確信。
ただの感想ではない。
“見て分かっている”言葉。
ガイウスが目を丸くする。
「え、やっぱ知り合いなのかよ」
レオンも視線を向ける。
ただの再会ではないと理解している。
ルシアンはわずかに視線を逸らす。
「……それなりに」
短く答える。
クラリスは小さく首を振る。
「それなり、じゃない」
少しだけ距離を詰める。
「前よりずっと」
その目は真っ直ぐだった。
ルシアンは一瞬だけ沈黙する。
そして――
静かに、口を開いた。
「……あなたも」
ほんのわずかに視線を上げる。
「強くなりましたね」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
クラリスの動きが、一瞬だけ止まる。
目がわずかに見開かれる。
すぐに戻る。
だが、隠しきれない。
ほんの少しだけ――頬が緩む。
「……ちゃんと見てるのね」
小さく呟く。
どこか、安心したように。
それ以上は踏み込まない。
ふっと息を抜く。
「まあいいわ」
いつもの軽さに戻る。
「クラリスよ」
今さらのように名乗る。
ガイウスが慌てて反応する。
「ガイウスだ!」
レオンも続く。
「レオンです」
クラリスは軽く頷く。
「知ってる」
あっさり言う。
そして再びルシアンを見る。
ほんの一瞬だけ。
視線が柔らかくなる。
「……無事でよかった」
小さな声。
ほとんど聞こえない。
だが、確かにそこにあった。
ルシアンは何も返さない。
ただ、わずかに目を細める。
それだけで十分だった。
クラリスは満足したように視線を外す。
「案内してあげる」
軽く言う。
「この学園、広いから」
ガイウスがすぐに乗る。
「マジか!助かる!」
レオンも頷く。
「……お願いします」
クラリスはくるりと背を向ける。
「ついてきなさい」
迷いのない足取り。
ルシアンたちもそれに続く。
(……相変わらずだ)
内心で思う。
(変わっていない)
だが。
(……いや)
わずかに視線を向ける。
先を歩く背中。
(確かに、強くなっている)
そして――
(それ以上に)
ほんのわずかに、思考が止まる。
(……変わっていない部分もある)
静かに歩き出す。
アーカディア学園。
その中で。
一年前に途切れた時間が、再び動き出していた。




