第101話
第101話
アーカディア学園、講堂。巨大な石造りの建物の中には、新たに合格した生徒たちが一堂に集められていた。高い天井には精巧な装飾が施され、幾重にも重なる魔法陣が淡く光を放っている。壁には歴代の偉人たちの肖像画が並び、その一つ一つから、この学園が積み重ねてきた年月と格が感じ取れた。
ざわめきが広がる。
「すげぇな……ここ」
「これ全部、魔法で維持してるのか?」
「やばい、場違いな気がしてきた……」
期待と不安、そして僅かな恐れ。選ばれたはずの者たちでさえ、この場の空気に飲まれかけていた。
ルシアンはその中で静かに立っていた。視線だけを動かし、周囲の人間を観察する。落ち着きのない者、余裕を見せる者、無言で集中している者。それぞれの“質”を測るように。
(……思ったより粒は揃っている)
ただの秀才ではない。確かに選別されている。
(この中にいる)
静かに視線を巡らせる。
(勇者、聖女……そして、それに準ずる人材)
わずかに目を細める。
(どこまで伸びるか)
測るように、観察するように。
やがて、講堂の奥の扉が開いた。
空気が変わる。音が消える。
一人の男がゆっくりと歩いてくる。年齢は中年ほど。しかし、その歩みに一切の隙がない。ただ歩いているだけで、その場の空気を掌握していた。
(……強い)
ルシアンは即座に理解する。あれはただの管理者ではない。戦える側の人間だ。
男が壇上に立つ。
「――静かに」
低く、よく通る声だった。それだけで講堂が完全に静まり返る。
男はゆっくりと全体を見渡す。
「諸君、入学を許可する」
短い言葉。しかし、その一言に重みがあった。
「ここにいる者は全員、選ばれた人材だ」
その視線が一人一人を射抜くように動く。
「だが」
わずかな間。
「それは“終わり”ではない」
空気が引き締まる。
「ここからが始まりだ」
静かだが、確実に胸に落ちる言葉。
「この学園は実力主義だ。身分も、出自も関係ない。価値はすべて結果で示せ」
誰も言葉を発しない。ただ、全員がその意味を理解していた。
「ついて来られない者は落ちる」
「それだけだ」
冷徹な宣告。
男は一度だけ頷く。
「以上だ」
簡潔すぎる締め。しかし、それで十分だった。
男が下がると同時に、別の教師が前へ出る。
「続いて、首席による挨拶を行う」
ざわめきがわずかに戻る。
「首席、グランヴェル・レグナス」
その名が呼ばれた瞬間、再び空気が変わった。
グランヴェルが歩き出す。迷いのない足取り。そのまま壇上へ。
「――グランヴェル・レグナスだ」
短く名乗る。
「ここにいる全員が優秀であることは認める」
一瞬だけ、空気が緩む。
だが次の瞬間、赤い瞳が鋭くなる。
「だが」
圧が変わる。
「その中で上に立つのは俺だ」
言い切った。
迷いがない。ただの事実として。
「ついて来られる者だけ来い」
「それ以外は――必要ない」
静かな断言。
ルシアンはそれを見ていた。
(分かりやすい)
頂点に立つ人間。
(ああいう存在は、成長が早い)
利用価値を測るように、冷静に。
(あれなら――)
グランヴェルは壇上を降りる。
ざわめきが戻る。
やがて式は終了し、生徒たちはそれぞれの教室へと移動する。
ルシアンはSクラスの教室へ向かった。
廊下を歩く。周囲の気配はどれも濃い。
(……いい環境だ)
静かに思う。
(揃っている)
扉の前で一瞬だけ足を止める。
(ここなら)
そして開けた。
教室の中にはすでに数人がいた。
その中で――
「おっ!」
明るい声。
「ルシアンじゃねぇか!」
ガイウスだった。
「やっぱ受かってたな!」
「ええ」
短く返す。
ガイウスは笑う。
「これで同じクラスか!」
その隣で。
「……君も来たか」
レオン。
ルシアンは視線を向ける。
(勇者)
静かに観察する。
「ええ」
短く答える。
レオンは頷く。
「これからよろしく頼む」
ガイウスが笑う。
「なんかすげぇメンツだなこのクラス!」
ルシアンは二人を見る。
(勇者)
(素質はある)
そして――
(聖女もいる)
視線をわずかに巡らせる。
(問題は)
ほんの僅かに目を細める。
(どこまで“引き上げられるか”だ)
静かに席へ向かう。
アーカディア学園。
選ばれた者たちの集う場所。
そして――
(ここで、整える)
誰にも知られずに。
(俺を倒せるように)
ルシアンは静かに目を閉じた。
新たな日常が、ここから始まる。




