N5:“赤い点という名の”
どこまで自然体に書けるか…
『岡本様、お気をつけて』
「はい、ありがとうございます」
俺は武器を握り直し、地図に表示された赤い点へ視線を向けた。
「……三浦さん、敵が見えたら報告します」
『はい。お願い致します』
「はい」
俺は通話を繋いだまま、崩れた建物の陰へ移動した。
そっと角から顔を出す。
「……あれ?」
地図を確認し、もう一度周囲を見渡した。
「三浦さん、赤い点はここにあるんですけど……敵が見当たりません」
『赤い点が迫ってくる様子はございますか?』
「えっと……」
俺は地図を拡大して、赤い点の位置を確認した。
「いえ、動いてません。ずっと同じ場所にあります」
建物の陰からもう一度覗く。
「……これ、本当に敵なんですか?」
『わかりかねます。赤い点は他にもございますか?』
「はい、他にもあります」
俺は地図を見渡した。
「……全部で三つですね。どれも動いてないみたいです」
「三浦さん、これって……敵が隠れてるってことなんでしょうか?」
『…それも含め、岡本様にご負担をおかけしてしまいますが……村を視察していただけないでしょうか?』
「……視察、ですか?」
俺は崩れた建物と、地面に倒れた人たちを見渡した。
「分かりました。……でも、敵がどこにいるか分からないんですよね?」
武器を握る手に力が入った。
「もし襲われたら、どうすればいいんでしょうか?」
『地図を開いたまま、行動お願いします。赤い点近づいた場合、回避を……』
「回避……ですね。分かりました」
俺は地図を開いたまま、ゆっくり歩き始めた。
「……あの、三浦さん」
足を止め、赤い点を確認する。
「回避って、つまり逃げろってことですよね? 俺、まだ一度も戦ったことないんですけど……」
『おっしゃる通りでございます。回避、逃げるでございます。まず、視察を優先でお願い致します』
「はい。分かりました」
俺は地図を確認しながら、慎重に歩き出した。
「……それにしても、視察って」
周囲を見渡す。
「俺、勇者として転生したんですよね? なんか仕事が違う気がするんですけど……」
瓦礫を避けながら、建物の間を進んだ。
『無敵スキルが付与されていたかったと…そういう意味でしょうか?』
「えっ? 無敵スキル?」
俺は思わず足を止めた。
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「……って、無敵スキルなんてあるんですか!?」
『それさ…無敵すぎると冒険つまんなくならん?』
「……え?」
俺は地図から顔を上げた。
「いや、今まさに命の危険があるんですけど!?」
武器を握り直す。
「つまらなくてもいいんで、今だけ無敵にしてもらえませんか!?」
『マジで言ってんの?…ハハハハッ』
通話越しに笑いが聞こえてくる。
「……三浦さん?」
俺は足を止めた。
「え、ちょっと待ってください。今、笑いました?」
通話先から聞こえた声を思い返す。
「……あの、さっきまでと喋り方が違いませんか?」
『だって!…いひぃふふ…』
三浦さんの笑いが止まらない。
「ちょ、三浦さん! 笑ってる場合じゃないですよ!」
俺は周囲を警戒しながら、声を潜めた。
「こっちは命懸けなんですから!」
地図の赤い点を確認する。
「……っていうか、三浦さんって、そんな喋り方する人だったんですか?」
『人を何だと思っているんですかぁ…』
三浦さんは息切れしながら応えた。
「いや、だって! さっきまでずっと丁寧だったじゃないですか!」
俺は思わず声を上げた。
「急に友達みたいな喋り方するから、びっくりしたんですよ!」
「あの……、もう笑い終わりました?」
『失礼しました。ふぅ…えっと……岡本様には初回限定の付与ポイントがあります』
「初回限定の付与ポイント?」
俺は地図を見つめたまま首を傾げた。
「……そんなのあるんですか?」
少し考えてから、慌てて聞き返す。
「えっ、それってスキルとかに使えるポイントですか!?」
『はい。スキルは「強さ」・「知覚」・「持久力」・「カリスマ」・「知性」・「アジリティ」・「運」でございます』
「……結構ありますね」
俺は指を折りながら数えた。
「強さ、知覚、持久力……」
「……あれ? 三浦さん」
俺は首を傾げた。
「そのポイントって、全部で何ポイントもらえるんですか?」
『転生初回限定、100ポイントとなります。振り分け方間違えないでくださいね』
「100ポイント!?」
俺は思わず地図から顔を上げた。
「……間違えないでって言われると、余計に緊張するんですけど」
「三浦さん、これって一度振り分けたら、やり直しできないんですか?」
『レベル30までやり直しは利きません』
「レベル30まで!?」
俺は思わず声を上げた。
「それ、結構長くないですか!?」
武器を握り直し、地図を確認する。
「……ちなみに三浦さん、今の俺ってレベルいくつなんですか?」
『スキル画面に表示されているはずですが?』
「あっ、そうでした!」
俺は慌ててスキル画面を開いた。
「えっと……レベル、レベル……」
画面に並ぶ項目を確認する。
「……すみません。こういう画面、まだ慣れてなくて」
「レベルって、どこに表示されてます?」
『画面の左上に表示されていませんか?』
「左上……あっ、ありました!」
俺は表示された数字を確認した。
「……レベル1」
思わずため息が漏れた。
「ですよねぇ……」
「レベル1でこんな危険な村を歩いてるんですけど、本当に大丈夫なんでしょうか?」
『スキルを振り分けてください。全スキル0のままよりマシでしょう!』
三浦さんは、再び小さく笑い出した。
「ちょっと! また笑ってません!?」
俺はスキル画面に視線を戻した。
「……えっと、100ポイントですよね」
七つの項目を順番に眺める。
「強さも必要だし、逃げるならアジリティも……」
指が画面の上を行ったり来たりする。
「……三浦さん、これ、均等に振り分けちゃ駄目ですか?」
『お好きにどうぞ。私が決めることではないので。ただし、後悔しないように』
「うわぁ……その言い方、怖いんですけど」
俺は画面を睨みながら考え込んだ。
「強さに20、持久力に20、アジリティに20……」
指を止めた。
「……あれ? 運って何に使うんだ?」
「あの…運にポイント振ったら、敵に襲われにくくなったりします?」
『そこは“運”任せってことで!』
三浦さんは、声を堪えながら笑い出した。
「……三浦さん」
俺は画面から顔を上げた。
「今、上手いこと言ったと思ってます?」
通話越しの笑い声に、思わずため息が漏れる。
「……もういいです。自分で決めます」
再びスキル画面に向き直った。
「でも、運だけは振り分けるの怖いなぁ……」
『自分で決めてください。私の身体ではないので』
「……それはそうですけど」
俺はスキル画面を見つめた。
「強さ20、知覚10、持久力20、カリスマ5、知性10、アジリティ25、運10……」
指を折って合計を確認する。
「よし、100ポイント!」
俺は入力を終え、確認画面で指を止めた。
「……三浦さん、これで決定しても大丈夫だと思います?」
『だから、俺に聞くなってっ』
通話の向こう側で明らかに笑っている。
「……え?」
俺は確認画面から顔を上げた。
「三浦さん、今『俺』って言いました?」
しばらく通話先の笑い声を聞いていた。
「……あの、本当に三浦さんですよね?」
俺は恐る恐る確認ボタンを押した。
『全スキルこちらで確認できました。悪くない振り分け方ですね、さすが勇者様』
「えっ、本当ですか!?」
俺は思わず笑顔になった。
「よかったぁ……」
スキル画面を閉じかけて、手を止める。
「……って、三浦さん!」
「さっきの『俺に聞くな』は何だったんですか!? 急に口調が変わったり、勇者様って褒めたり……」
「どっちが本物なんですか?」
『どっちでもいいだろっ』
急に通話越しに囁き出した。
『今、上司いないんだよ。いいじゃん仲良くやろうぜ』
「ええっ!?」
俺は思わず声を上げた。
「ちょ、勤務中ですよね!?」
慌てて声を潜める。
「……いや、仲良くするのはいいんですけど」
「上司が戻ってきたら、どうするんですか?」
『その時は、真面目な俺でいくっ!』
「切り替え早っ!」
俺は思わず吹き出した。
「……なんか、大崎さんとは全然違う人だなぁ」
地図を開き直し、周囲を確認する。
「じゃあ、三浦さん。上司が戻ってくるまでは、気楽に話していいってことですね?」
『そうそう、硬いままだと互いに疲れるだろぉ?』
「まあ、それはそうですね」
俺は少し笑った。
「正直、ずっと『岡本様』って呼ばれるのも落ち着かなかったんですよ」
地図を確認しながら歩き出す。
「じゃあ、俺も普通に話しますね。……三浦さん、敬語じゃなくても怒りません?」
『全然!むしろタメで』
「よっしゃ! じゃあ遠慮なく!」
俺は少し肩の力を抜いた。
「三浦さん、よろしくな!」
……数秒後。
「って、待てよ。俺、命懸けで村を調査してるんだった!」
慌てて地図を確認する。
「危ねぇ……すっかり雑談してた!」
『ハハッだな!敵、びくともしねーんだろ?なら、倒せるんじゃね?』
「いやいやいや! ちょっと待てって!」
俺は地図の赤い点を確認した。
「動かないからって、倒せるとは限らないだろ!?」
手に持った武器を見下ろす。
「……そもそも俺、これの使い方すら分かんねぇんだけど」
「三浦さん、もしかして結構適当なこと言ってない?」
『え……バレた? 岡本ゲームしたことないの?』
「バレた?じゃねぇよ!」
俺は思わず吹き出した。
「ゲームくらいやったことあるよ! でも、コントローラーで操作するのと、自分で戦うのは全然違うだろ!」
手に持った武器を軽く振ってみる。
「……ほら、攻撃ボタンどこだよ!」
『キャラクターの武器の動かし方真似すればいいじゃん』
「簡単に言うなよ!」
俺は武器を構え、ゲームのキャラクターを思い出しながら振ってみた。
「……おっ?」
もう一度、横に振る。
「意外といけるかも!」
調子に乗って大きく振った瞬間、身体がよろけた。
「うわっ、ととと!」
慌てて踏ん張る。
「……ゲームと違って体力使うわ、これ」
『そりゃっそうだろ! いま剣振ったんだろ?』
「そうだけどさ!」
俺は剣を持ち直した。
「ゲームじゃボタン連打しても疲れないだろ?」
もう一度、剣を振り上げる。
「……あれ? そういえば俺、持久力に20ポイント振ったよな?」
「三浦さん、これって本当に反映されてんの?」
『スタミナゲージが上がってると思うが?でもよ、やりすぎるとへばるぞ?程々に戦えよ。コツ掴め』
「コツかぁ……」
俺は剣を軽く振り、スタミナゲージを確認した。
「……あっ、本当だ。少し減ってる」
剣を下ろして、しばらく待つ。
「おっ、回復してる!」
俺は再び剣を構えた。
「なるほどな。振り回せばいいってもんじゃないのか」
「……でも、俺まだ素振りしかしてないんだけど。実戦でコツ掴めってこと?」
『動かない敵なんて木人同然!ヤっちまえ!』
「ヤっちまえって! 軽いな、おい!」
俺は剣を握り直した。
「……まあ、確かに動かないなら練習相手にはなるか」
地図を確認し、赤い点へ慎重に近づく。
「三浦さん、もうすぐ目の前なんだけど……」
俺は足を止めた。
「……やっぱり何も見えないぞ?」
『剣振れば当たるだろう。レベルが適切なら、結構美味しい経験値になるぞ!レベルアップするチャンスだ』
「経験値!?」
俺は剣を構え直した。
「それ、先に言ってくれよ!」
目の前の何もない空間を見つめる。
「……でも、レベルが適切ならって言ったよな?」
一歩近づき、剣を振り上げた。
「相手のレベルも分からないのに攻撃して大丈夫なのかよ!?」
『動かない敵、反撃してこない敵は木人だって言ってるだろぉ?気にすんな』
「……本当だな? 信じるからな?」
俺は剣を両手で握り、赤い点の位置を確認した。
「よし……いくぞ!」
何も見えない空間に向かって、思い切り剣を振り下ろした。
「うおりゃあっ!!」
『いけー!勇者オカモトォォ!!』
「実況してる場合かぁぁ!!」
振り下ろした剣を慌てて引き戻す。
「……ん?」
俺は剣先を見つめた。
「三浦さん、今の当たったのか?」
急いで地図を確認する。
「赤い点、どうなった!?」
『どうした?空振りだったか?』
「いや、手応えはなかったけど……」
俺は剣を見つめた。
「そもそも敵が見えないんだって!」
もう一度、地図の赤い点を確認する。
「……三浦さん、これ本当に敵なのか? 俺、何もないところで剣振り回してるだけじゃねぇの?」
『ん〜…ちょい待ってて』
カタカタとキーボードを操作する音が通話越しに聞こえてくる。
『村一帯が通信障害状態だから、その赤い点ってのが俺にもわからないんだわ。だから岡本にお願いしてるわけで…して』
「……ちょっと待て」
俺は剣を下ろした。
「つまり、三浦さんにも何がいるか分からないってこと?」
地図に表示された赤い点を見つめる。
「それなのに俺、攻撃しちゃったんだけど!?」
「……なあ、これ本当に大丈夫なのか?」
『異常をそのまま放置した場合…バグだった場合ですよ?岡本様の世界は――崩壊する可能性がございます』
「……え?」
俺は剣を下ろしたまま固まった。
「崩壊って……世界が?」
周囲の崩れた建物を見渡す。
「ちょっと待てよ。そんな大事なこと、今まで言ってなかったじゃねぇか!」
「……っていうか、三浦さん! 急に敬語に戻ってるぞ!?」
通話越しから低い声で咳払いが聞こえてきた。
三浦さんは少し弱々しく応対しだした。
『私どもでも対応に追われております。予測不能の事態が発生しており、岡本様を混乱させない為に伏せておりました』
「……え?」
俺は通話先の声に首を傾げた。
「三浦さん? 急にどうしたんだよ?」
さっきまでの勢いが嘘のようだった。
「……あ」
俺は小声で尋ねた。
「もしかして……上司、戻ってきた?」
『御名答でございます。岡本様には大変ご迷惑おかけしております。申し訳ございません』
「い、いえ! こちらこそ!」
俺は思わず背筋を伸ばした。
「……あの、三浦さん」
声を潜める。
「上司の人、まだ近くにいるの?」
俺は剣を握ったまま、通話先の返事を待った。
『はい…さようでございます』
「……そっか」
俺は笑いを堪えながら頷いた。
「じゃあ、俺も真面目にやらないとな」
地図を確認し、剣を構え直す。
「三浦さん、引き続き村の視察を行います。何か異常があれば報告しますので……」
少し間を置いた。
「……これでいい?」
三浦さんは通話越しに小声で囁いた。
『タメでいい…』
咳払い。
『引き続き協力よろしくお願い致します』
「ぷっ……はい、分かりました」
俺は笑いを堪えながら返事をした。
「それでは、引き続き調査を……」
思わず口元が緩む。
「……三浦さん、笑わせないでくれよ。こっちまで敬語になっちゃうだろ!」
俺は剣を持ち直し、地図に残る赤い点を確認した。
最後まで、読んで頂き、ありがとうございます。




