N4:“焦れったい!”
投稿時間、模索中。
『あの、岡本様』
「はい?」
俺は走りながら返事をする。
「どうしました、大崎さん?」
『っ!止まってください』
「えっ!?」
俺は反射的に足を止めた。
「な、なんですか!? 何かいます!?」
『異常を検知しました。調査します。少々お待ちください』
「異常……?」
俺はその場から動かず、周囲を見回した。
「分かりました。待ちます」
少し間を置いて、声を潜める。
「……俺、何も触らないほうがいいですよね?」
『村へ近づかないでください』
「……え?」
俺は村の方角へ向けていた足を、ゆっくり引いた。
「村に……何か起きてるんですか?」
『その原因を調査中です。村の方面に何か見えませんか?』
「村の方面……?」
俺は目を凝らし、遠くの村を確認する。
「ちょっと待ってください。暗くて……」
周囲にも注意しながら、村の方角をじっと見つめた。
『村一帯、バグが検知されました。早急にデバックします。範囲が広がる場合、退避をお願いする可能性がございます』
「……バグ?」
俺は村の方角を見たまま固まる。
「ちょっと待ってください。村一帯って……」
息を呑んだ。
「そこにいる人たちは、大丈夫なんですか?」
『それも含めて調査しております』
大崎さんは忙しなく応対する。
俺は村へ向けていた足を完全に止めた。
「……分かりました」
通話の向こうから聞こえる気配に、声を少し抑える。
「俺はここから動かないほうがいいですね」
『はい。指示があるまで、身を潜めて待機していてください』
「身を潜める……」
俺は周囲を見回した。
「分かりました。隠れられそうな場所を探します」
少し間を置く。
「……大崎さん。通話は、このままでいいですか?」
『はい。切断しないでください。異常を発見した場合、即報告お願いします』
「分かりました。切りません」
俺は声を潜めながら、身を隠せそうな場所を探す。
「異常……って、具体的には何を見ればいいですか?」
『そうですね…明らかにモンスターの挙動がおかしい、または、ノイズが見えるなど…』
「ノイズ……?」
俺は村の方角を警戒しながら、近くの物陰へ身を寄せる。
「分かりました。何か変なものが見えたら、すぐ言います」
少し黙ってから、
「……なんか急に、チュートリアルじゃなくなってません?」
『……チュートリアル終えてますね。……デバックでは対処しきれない問題が発生しました』
「……え?」
俺は息を止める。
「デバッグで……対処できない?」
村の方角から目を離さないまま、声を落とした。
「大崎さん。それって……どれくらいまずい状況なんですか?」
『勇者様』
「……はい」
呼び方が変わったことに気づき、俺は息を呑んだ。
「聞いてます」
『村が一つ消えてしまいます。お救いください』
「…………え?」
俺は村の方角を見つめた。
「消えるって……」
一瞬、言葉が出なかった。
「俺に、何をすればいいんですか?」
『村を救ってください』
「……俺が?」
思わず聞き返した。
「いや、待ってください。俺、まだ丸腰ですよ?」
村の方角を見つめる。
「救えって言われても……どうやって」
『少しはご自分でご判断していただけないでしょうか?』
大崎さんは少しだけ強い口調で言い放った。
「……っ」
俺は言葉を詰まらせた。
「……すみません」
村の方角を見据え、拳を握る。
「そうですよね。俺が……勇者なんですよね」
一度、大きく息を吸った。
「分かりました。行きます」
『ICC が対応できる限界を越えいています。勇者様にお願いするしか方法がありません。……ご負担をお掛けしてしまい申し訳ございません』
大崎さんの声のトーンが弱くなった。
「……謝らないでください」
俺は村の方角を見据えた。
「大崎さんたちにできないなら、俺がやるしかないんですよね」
少し息を吐く。
「ただ……一人にしないでください。通話、このまま繋いでいてください」
『はい。できる範囲で対応致します。通話はこのままでお願いします』
「分かりました」
「……じゃあ、行ってきます」
少し間を置いて、
「何か分かったら、すぐ教えてください」
『はい……』
その言葉以降、向こう側でキーボードを操作する音が異様に頭に響いた。
俺はその音を聞きながら、村へ向かって歩き出した。
「…………」
さっきまで急いでいたはずなのに、足取りが妙に重い。
遠くに見えるガレート村を見据える。
「……村を救う、か」
小さく呟き、歩みを速めた。
『一緒に救いましょう』
大崎さんも小さく呟いた。
「……はい」
『村に着きましたら、お声掛けてください。私は裏で作業しておりますので……』
「分かりました。着いたら声かけます」
俺は走りながら返した。
通話向こう側から何やら会話が聞こえてくる。
『大崎さん。…大丈夫?残業なのに…引き継ぎしてくれれば自分が対応するけど?』
『あっ…ありがとうございます。ですが、初心者様なのでできる限り自分で対応したいと思っておりまして…』
『でも、終電無くなっちゃうよ?』
『…そ…そうなんですよね……あの』
『ん?何?まさかサービス残業しますとか言い出さないでよ?』
『あはは…』
俺は走りながら、通話の向こうから聞こえてくる会話に耳を傾ける。
「…………」
しばらく黙っていたが、さすがに聞き流せなくなった。
「……大崎さん」
少し声を大きくする。
「俺のせいで終電なくなるんですか?」
『うえ!?マイク押さえてたのに丸聞こえだったようです』
向こう側で軽い笑いが聞こえてくる。
『勇者岡本様。先程の会話は聞かなかったことにしていただけませんでしょうか?』
「いや、無理ですよ!」
俺は走りながら思わず声を上げた。
「終電なくなるって、かなり重要な話じゃないですか!」
少し間を置いて、
「大崎さん、本当に大丈夫なんですか? 俺なら引き継いでもらっても……」
言いかけて、少し迷う。
「……いや、できれば大崎さんがいいですけど」
『ご心配していただいてありがとうございます。お気になさらないでください。場合によって、タクシーもございます。快活などの寝泊まりできる場所もございます。決して会社で寝泊りしませんので、ご安心を』
「いや、安心できる要素が一個もないんですけど!?」
走りながら思わず突っ込む。
「タクシーか快活って、もう完全に終電逃す前提じゃないですか」
俺は村へ向かう足を止めず、少し困ったように息を吐いた。
「……俺、村も救いたいですけど、大崎さんの終電も救いたいですよ」
『岡本様?』
「はい?」
走る足はそのままに、返事をする。
「どうしました?」
『急に勇者らしくなられましたね。頼もしい限りです。ところで、村には着きましたでしょうか?そろそろ到着時間だと思われますが』
「終電を救う勇者って何なんですか……」
思わず苦笑しながら、前方へ視線を戻す。
「村ですよね。えっと……」
走る速度を少し緩め、ガレート村の様子を確認する。
『村に到着しましたら、ご遺体が多く散乱しておられると思われます。…彼らから所持品を拾い、装備お願いします』
「…………はい?」
足は動かしたまま、聞き間違いかと思って聞き返す。
「すみません。今……『ご遺体から所持品を拾って装備』って言いました?」
『はい。まさか、丸腰で戦うのですか?』
「いや、丸腰で戦う気はないですけど……!」
思わず顔をしかめる。
「さっきまで『拾えるものは全部拾って大丈夫です』って言われてましたけど、遺体まで対象に入ってるとは思わないじゃないですか……」
少し黙ってから、
「……分かりました。必要なものだけ、借ります」
『借りる…いいえ、勇者岡本様の所持品となります。使いやすい武器が見つかると良いですね』
「そこ、所有権まで即時移転するんですか!?」
思わず声が裏返る。
「……この世界、拾得物の扱いが豪快すぎません?」
村を目前にしながら、乾いた笑いが漏れる。
「分かりましたよ。選り好みできる状況じゃないですし……」
少しだけ声を落とす。
「でもせめて、心の中で『借ります』ってことにさせてください」
『そうですね。“お借りします” 素敵ですよ』
「……大崎さんに褒められると、なんか妙に照れますね」
俺は苦笑しながら、村へ向かう。
「じゃあ、ちゃんと一人ずつ『お借りします』って言いますよ」
少し間を置いて、
「……できれば、言う人数は少ないほうがいいですけど」
『村の中に入りましたでしょうか?目の前の状況を教えていただけませんでしょうか?』
「はい。今、入ります」
俺は村へ足を踏み入れ、周囲を見渡す。
「…………」
目の前の光景を確認しながら、通話の向こうへ伝える。
「大崎さん、えっと……」
『はい!』
大崎さんは背筋を伸ばし声を張り上げた。
その勢いのいい返事に、思わず少しだけ肩の力が抜ける。
「……なんで大崎さんが緊張してるんですか」
苦笑してから、改めて村の中へ視線を向けた。
「今から見える範囲、伝えますね」
『はい!』
「……だから返事がいいな」
思わず苦笑する。
俺は村の中を見渡した。
「まず、入口付近は……」
『はよいえや!』
「急に口悪っ!?」
思わず村の入口で声が裏返る。
「今見てるんですよ! 実況にも限界ありますから!」
俺は慌てて周囲へ視線を走らせた。
『大変、失礼しました』
大崎さんは慌てて謝罪した。
「いや、そこまで丁寧に戻らなくても!」
思わず笑ってしまう。
「……今の大崎さん、素でしたよね?」
俺は周囲への警戒を続けながら、少しだけ口元を緩めた。
『あの…焦らさないでいただけませんか?早く現状を知りたいので…』
「す、すみません!」
さすがに俺も切り替え、村の中へ視線を走らせる。
「今、確認します。見えるものから順番に伝えますね」
俺は入口から周囲を見渡した。
『はい。私の返事を待たずに、続けてつ伝えてください。現状を記録致しますので』
「分かりました。じゃあ、見えたものから全部言います」
俺は村の中を見渡しながら、口を開いた。
「入口から見て……」
『入口から話が進んでないっ!』
明らかに大崎さんは焦っていた。
「大崎さんが毎回返事するからでしょう!?」
思わず突っ込んでから、すぐに村へ視線を戻す。
「もう返事しないでくださいね!? 今度こそ続けますから!」
俺は入口から見える範囲を確認する。
『……』
「…………」
「……大崎さん?」
妙な沈黙に、逆に不安になる。
「いや、そこまで完璧に黙られると、それはそれで怖いんですけど……」
ゴソゴソとマイクが擦れる音が聞こえる。次の瞬間、通話越しに会話が聞こえてくる。
『先輩!無理です!腹立ちます。どうしたらいいですか?』
『代わる、引き継ぎ書いてたよな?』
『そうですが…』
『いい!代われ!お前疲れてるんだよ。大崎。帰れおつかれ』
『お電話変わりました。夜間担当の三浦と申します』
「…………えっ」
突然知らない声に変わって、思わず足元がもつれそうになる。
「ちょ、ちょっと待ってください。大崎さん帰ったんですか!?」
一瞬、通話の向こうを気にしながらも村の中へ視線を戻す。
「……あ、すみません。岡本です。よろしくお願いします、三浦さん」
少し間を置く。
「それで……大崎さん、俺に腹立ってたんですか?」
『よろしくお願いします。岡本様。大崎が大変ご迷惑おかけしました。大崎について詳しいことは申し上げられません』
「いや、迷惑はかけられてないです。むしろ、ずっと助けてもらってたので……」
俺は少しだけ言葉に詰まる。
「……分かりました。そこは聞きません」
気持ちを切り替えるように村の中へ視線を戻した。
「三浦さん。現状の報告、続けます」
『お願いします。記録の準備は整っております。続けてどうぞ』
「はい。入口から見える範囲ですが……」
俺は歩きながら周囲を見渡す。
「…………」
「まず、村の中に……」
『はい。村の中に』
「……三浦さんまで復唱するんですか!?」
思わず突っ込む。
「いや、もういいです。続けます。村の中に……」
『……』
「……村の中に、遺体が見えます。かなり多いです」
入口から伸びる道。その両脇に、人が倒れている。
「建物も……壊れてます。ただ、燃えたとか、そういう壊れ方じゃないです」
目を凝らす。
「壁が途中から……ない?」
崩れた瓦礫すらない。家屋の一部だけが、最初からそこに存在しなかったように途切れている。
「三浦さん。これ……消えてるんですか?」
『壁が途中からない。調査致します。岡本様、ご遺体から装備品を取得してください。装備お願いします』
「分かりました」
俺は一番近くに倒れている遺体へ近づいた。
「……すみません。お借りします」
小さく頭を下げ、身につけている装備を確認する。
「武器は……」
『モンスターが潜んでいる可能性があるため、いろんな武器を試す機会になるかと思います』
「試す機会って……ずいぶん前向きに言いますね」
遺体のそばにしゃがみ込み、使えそうな武器へ手を伸ばす。
「俺、武器なんて使ったことないんですけど……」
拾い上げて、重さを確かめる。
「とりあえず、振り回して自分に刺さらないやつから試します」
『そうしてください』
「はい」
俺は拾った武器を握り直し、立ち上がる。
「……お借りします」
もう一度だけ遺体へ頭を下げ、周囲を警戒しながら村の奥へ視線を向けた。
『地図を展開してみてください。開いたまま行動可能です。赤い点はございますか?』
「地図ですね。分かりました」
俺はこめかみに触れ、地図を展開する。
視界に重なるように表示された地図を確認しながら、周囲にも注意を向ける。
「……あります」
少し息を呑む。
「赤い点が……村の中に複数あります」
『敵の中にこのバグの原因が潜んでいる可能性がございます。排除をお願い致します』
「排除……」
手にした武器を見下ろす。
「さっきまで逃げ回ってた俺が、今度は倒す側ですか……」
地図上の赤い点と村の奥を見比べ、武器を握り直す。
「分かりました。まず一番近い赤い点から向かいます」
少し間を置く。
「……三浦さん。これ、倒した相手が原因かどうかって、そっちで分かります?」
『はい。こちらのデバックが可能になりますので』
「なるほど。俺が倒して、三浦さんがデバッグする……」
地図に表示された一番近い赤い点へ視線を向ける。
「役割分担ですね」
武器を構え、慎重に距離を詰めていく。
「じゃあ……行きます」
最後まで、読んで頂き、ありがとうございます。




