先入観
制服には力がある。
レオン・グレイスは、それを前世で学んだ。
白衣、スーツ、肩書き。人は背格好にいとも簡単に騙される。
布の向こうに、勝手に“権威”を見出す。だからこそ。
王都の裏通りにある骨董屋の扉を、彼は静かに押した。
店の中は埃と金属の匂いが混ざっている。
「いらっしゃい」
店主――モーリスが片目を細める。
「おや、グレイス家の坊ちゃんじゃないか。今日は何を?」
レオンは棚を眺めながら言う。
「制服はありますか?」
「……制服?」
「王城近衛兵の」
空気が、ほんの少し止まる。モーリスは眉を上げた。
「物騒だね」
「飾りです」
にこりと微笑む。
「趣味ですよ」
嘘ではない。飾るかもしれない。使うかもしれない。
モーリスは奥から箱を引きずり出した。
古い、だが上質な紺色の制服。肩章は外されているが、縫い跡が残っている。
「退役兵の遺品さ」レオンは布を指でなぞる。
重み。質感。布製。
――本物。
「いくらです?」
「金貨二枚」
「高いですね」
「近衛兵だぞ?」
レオンは考える。
家の食費は銀貨数枚単位。
これは賭けだ。
(だが、信用は投資だ)
「銀貨十枚」
「半額以下だ」
「今のグレイス家が払える現実的な額です」
静かな目。交渉は“弱さを見せる”ところから始まる。
モーリスは鼻を鳴らした。
「……銀貨十五枚」
「成立です」
夕暮れ。王都南区の市場。魔石商人たちが小声で囁き合っている。
「税が上がるらしい」
「近衛が動くらしいぞ」
「王女が動くって噂も……」
不安は広がる。だが確証はない。
その時。市場の入口に、一人の近衛兵が立った。
背筋を伸ばし、静かに周囲を見渡す。
銀髪が夕陽を反射する。
――レオンだった。
制服は少し大きい。
だが遠目には分からない。
歩幅を一定に保つ。
視線は泳がせない。
人は“堂々としている者”を疑わない。
「……何だ?」
「近衛だぞ」
「査察か?」
ざわめきが広がる。
レオンは一軒の魔石店の前で止まった。
「最近、価格変動が激しいですね」
落ち着いた声。
商人が震える。
「な、何か問題でも……?」
「いえ」
レオンはわずかに笑う。
「市場の安定は王国の安定に繋がります」
それだけ言い、立ち去る。
命令は出していない。
脅してもいない。
だが商人たちは顔を見合わせる。
「監視されてるぞ」
「価格を下げろ」
「いや、統一しろ」
数時間後。
魔石の値は整い、噂は変わる。
“王家が市場を注視している”
レオンは路地裏で帽子を脱いだ。額に汗。
「……暑い」
鼓動が早い。失敗すれば即牢獄。
だが――
市場は落ち着いた。混乱は収まった。
小さな嘘。だが効果は確かだ。
「あなた、何をしているの?」
振り返ると、白い外套を着込んだエリシア・ルミナスが居た。
視線は制服に釘付け。
「それ、本物?」
「古着です」
「近衛の権威を利用したの?」
レオンは少し考える。
「利用はしていません」
「では?」
「貸してもらいました」
「誰に?」
レオンは市場を指さす。
「不安に」
エリシアは言葉を失う。
「人は恐怖で暴走します」
レオンは静かに言う。
「だから“見られている”という安心を置いただけです」
「嘘でしょう」
「ええ」
あっさり認める。
「でも、誰か損をしましたか?」
沈黙。
市場は穏やかだ。
エリシアは苦い顔をする。
「正しい方法ではないわ」
「でも効果はある」
風が吹くと制服の裾が揺れる。
「あなたは危険です」
「よく言われます」
レオンは小さく笑う。
「これは序章です」
小さな嘘。
小さな信用。
だが、確かな手応え。
王都のどこかで、
その動きを見ている者がいることを――
彼はまだ知らない。




