嘘から出た真
制服は、よく効いた。
王都南区に続き、東の農村エルミナ村でも同じだった。
近衛兵の紺の制服、堂々とした歩幅。そして、何も命じないという威圧。
村長は深々と頭を下げた。
「王家がこんな辺ぴな村まで気を……」
「警戒しているだけです」
レオンは穏やかに言う。
実際には、何も知らない。
だが村人の表情は緩む。安心は、秩序を生む。
(順調だ)
そう思った矢先だった。
遠くで悲鳴が上がる。
馬蹄の音、怒号。
「盗賊だ!」
土煙の向こうから現れたのは、十数名の武装集団。
粗野な鎧、無秩序な隊列。
その中央に、ひときわ体格の大きな男。
盗賊団の頭――ガルド。
村人が散る。
レオンは、その場に立ったまま動かなかった。
ガルドの視線が、彼を捉える。
「……近衛?」
一瞬、空気が揺らぐ。
レオンの背格好は王家直属の近衛騎士団の石福、その名は地方でも重い。
ガルドは目を細める。
「妙だな」
ゆっくりと馬を進める。
「階級章がない」
レオンの心臓が一拍、強く鳴った。
(見ている)
だが、視線は逸らさない。
「当然だ」
低く、静かに言う。
「私は近衛兵長レオン・グレイス」
風が止む。
「近衛兵長?」
盗賊の一人がざわつく。
「指揮官に階級章は不要だ」
これは賭けだ。
だが嘘は、大きいほど信じられる。
レオンは視線を外さず続ける。
「この村の近くで騎士団が休息を取っている」
実際には、誰もいない。
畑と森だけだ。
「貴様らは一貫の終わりだ」
沈黙。
盗賊たちの間に微かな動揺。
だが――
ガルドは、笑った。
「小僧」
剣を抜く。
「本物の騎士様はな、こんな辺境に一人で立たねぇ」
地を蹴る。
「――舐めるな!」
剣が振り下ろされる。
レオンの身体は、ほぼ反射で動いた。
金属がぶつかる。
ギィン、と高い音。
レオンは抜剣し、受け止めていた。
腕に衝撃が走る。
重い。
(力が違う)
押し込まれる、足が土を削る。
「兵長だと?」
ガルドが嗤う。
「手が震えてるぞ」
事実だった。
前世で殴り合いは経験した。
だが命のやり取りは初めてだ。
汗が目に入る。
(失敗か?)
盗賊たちが円を描く。村人の悲鳴。
剣が、軋む。
その時。
「そこまでだ!」
鋭い号令。
森の奥から、馬蹄の轟音。
紺と銀の軍装。
本物の近衛騎士団。
先頭の騎士が叫ぶ。
「王家の名において捕縛するッッッ!!」
盗賊たちが動揺する。
「ちっ……!」
ガルドが剣を弾き、距離を取る。
近衛騎士たちが一斉に突入。
戦いは一瞬だった。
盗賊は散り、数名が拘束される。
土煙が収まる頃。
レオンはその場に立ち尽くしていた。
剣を握る手が、まだ震えている。
「無事か」
近衛騎士の一人が近づく。
鋭い目。
「……ええ」
喉が乾いている。
「君は?、どこの所属だ?」
その問いに、レオンは一瞬だけ迷う。
だが、微笑んだ。
「近衛兵長のレオン・グレイスです」
騎士の眉が、僅かに動いた。
「近衛兵長……?」
遠くで、馬がいななく。
どうやら。
偶然ではないらしい。
誰かが。
この村の異変を、通報していた。
レオンの脳裏に、白い外套が浮かぶ。
エリシア・ルミナス。
彼女か。
それとも――
ともかく。
命は繋がった。
だが。
制服という信用は、今、危うい綱の上にある。
レオンは理解した。
嘘は、剣よりも鋭い。両刃の剣だ。
だが。
剣の前では、あまりにも脆い。
それでも。
彼は剣を納める。
(次は、もう少し準備をしよう)
そして心の奥で、小さく呟いた。
――怖かった。
それでも。
彼は退かない。
騙される側には、もう戻らないと決めたのだから。




