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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第一章 《魔王女の救済編》

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第七話


 

「何もしない」という名の拷問ティータイムを終え、私は屋敷の廊下を所在なげに彷徨っていた。


 お腹はいっぱいだ。

 身体は清潔で、いい匂いがする。

 睡眠も十分にとった。


 ……だめだ、落ち着かない。

 身体がムズムズする。

 指先が震える。


 これは、カフェイン切れの症状ではない。「労働欠乏症」だ。

 長年、過労死寸前まで働かされ続けた私の肉体は、暇という猛毒に耐性がなかった。

 何か生産的なことをしなければ。

 誰かの役に立たなければ。

 そうしないと、自分の存在価値が消えてしまいそうで怖い。


 その時、廊下の向こうから、山のような洗濯物を抱えたメイドさんが歩いてくるのが見えた。

 彼女は小柄で、前が見えづらそうにヨロヨロとしている。


 これだ!

 チャンスだ!


 私は獲物を見つけたハイエナのごとく駆け寄った。


「か、代わります!!」

「ひぇっ!?」


 突然飛び出してきた私に、メイドさんが悲鳴を上げる。

 私は構わず、彼女の手から洗濯物の山をひったくろうとした。


「私、やります! 洗濯でも掃除でも得意なんです! 前世……じゃなくて昔、オフィスのトイレ掃除もお茶汲みも、シュレッダーのゴミ捨てまで全部一人でやってましたから!」


 必死のアピールだ。

 見てください、この手際の良さを。

 私はただの無能な穀潰しじゃありません。ちゃんと使える労働力なんです!


「あ、あの、だめですっ! そんなことさせられません!」

「いいえ、やらせてください! タダ飯なんて食べてたらバチが当たります!」

「でも、お嬢様に怒られますぅぅ……!」


 メイドさんと洗濯物を引っ張り合う。

 私が勝てば労働の喜びが得られ、彼女が勝てば私の存在意義が失われる。

 負けられない戦いだ。


「――何をしているの?」


 凛とした、絶対零度の声が廊下に響いた。


 ビクリ、と私とメイドさんの動きが止まる。

 恐る恐る振り返ると、そこには仁王立ちしたセシリア様がいた。

 その美しい瞳は、完全に据わっている。


「せ、セシリア様……」

「お、お嬢様! ち、違うんです! あの方が無理やり……!」


 メイドさんが青ざめて弁明する。

 セシリア様は冷ややかな視線を私に向け、カツカツとヒールを鳴らして近づいてきた。


「……私の言いつけを守れない悪い子ね」


 彼女は扇子で私の手首をピシャリと叩いた。


「いっ」

「誰が雑用係サーバントの真似事をしていいと言ったのかしら?

 貴女の手は、雑巾を絞るためにあるんじゃないわ」


 彼女は私の手を掴み、自分の方へ引き寄せた。

 そして、まじまじと指先を観察する。


「見てみなさい、このささくれ。乾燥してガサガサじゃない。

 こんな手で私のドレスに触れられたら、生地が傷んでしまうわ」


 ……えっ、そこ?

 私の労働意欲よりも、ドレスの生地の心配?


「い、いえ、でも! 私、何かお役に立ちたくて……!

 このままじゃ、ただのペットになってしまいます!」


 必死に訴える私に、セシリア様は「はぁ」と深いため息をついた。

 まるで、言葉の通じない宇宙人を見るような目だ。


「……本当に、根っからの貧乏性ね。

 いいわ。そんなに働きたいのなら、もっと『高尚な』仕事をあげる」


 高尚な仕事。

 その言葉に、私はゴクリと喉を鳴らした。

 なんだろう。

 やっぱり、スパイ活動? それとも、毒薬の調合?

 あるいは、夜な夜な行われる闇の儀式の生贄係か?


「ついてらっしゃい。貴女に相応しい『地獄』を見せてあげるわ」


 セシリア様は不敵に笑い、私の手を引いて歩き出した。

 連れて行かれたのは、屋敷の二階にある重厚な扉の前だった。


 ギィィィ……と、蝶番が軋む音を立てて扉が開く。


 そこは、壁一面が本で埋め尽くされた、巨大な図書室だった。

 古書の独特な匂いと、インクの香りが鼻腔をくすぐる。

 高い天井まで届く本棚には、数え切れないほどの書物がぎっしりと並んでいた。


「うわぁ……」


 圧倒されて声を漏らす私に、セシリア様は一冊の分厚い本を押し付けた。

 ズシリと重い。凶器になりそうなハードカバーだ。


「これよ」

「これは……?」

「今日から貴女には、ここにある知識を頭に叩き込んでもらうわ」


 彼女はサディスティックに口角を釣り上げた。


「肉体労働なんて下品なことは許さない。

 代わりに、脳みそが沸騰するほどの『知的労働』を強いてあげる。

 ……どう? 辛いでしょう?」


 知的労働。

 つまり、勉強だ。


 私は戦慄した。

 ブラック企業時代、研修という名の洗脳合宿で、社訓を何万回も書かされた記憶が蘇る。

 あるいは、分厚いマニュアルを一日で暗記させられた悪夢。

 「勉強」とは、強要されるものであり、精神を削る苦行なのだ。


「こ、この本を、全部覚えるのですか……?」

「ええ、そうよ。一文字たりとも見逃すことは許さないわ」


 セシリア様は、私をソファに座らせ、自分も優雅に隣に腰掛けた。

 逃げ場はない。

 私は震える手で、その分厚い本を開いた。


 どんな難しい呪文が書いてあるんだろう。

 あるいは、この国の複雑な法律か、歴史書か。


 ペラリ。


 ……あれ?


 そこに描かれていたのは、大きな挿絵だった。

 勇敢な騎士と、可愛らしいドラゴン。

 文字はほんの少しで、しかも大きく書かれている。


 『むかしむかし、あるところに……』


 これ、絵本?


「……あの、セシリア様?」

「何よ。読めないの?」


 セシリア様は呆れたように眉を寄せると、私の膝の上にある本を覗き込んだ。


「仕方ないわね。特別に私が読んであげるから、耳の穴をかっぽじって聞きなさい」


 そう言って彼女は、まるで子供に読み聞かせをするように、朗読を始めた。


「『騎士様は言いました。僕は君を守るために来たんだよ』……ほら、ここ。この単語は『守る』という意味よ。覚えなさい」

「は、はい……」


 ……待って。

 これ、本当に拷問?


 ソファはフカフカ。

 部屋は適温。

 隣には良い匂いのする美女。

 そして、優雅な声での読み聞かせ。


 これは「お勉強」という名の、ただのイチャイチャタイムではないのか?


「どう? 頭が痛くなってきたでしょう? 知恵熱が出るまで帰さないから覚悟しなさい」


 彼女は満足げに笑っている。

 どうやら本気で、これを「厳しい修行」だと思っているらしい。


 私は混乱した。

 この悪役令嬢、もしかして「教育こそが最大の罰」だと思っている意識高い系のサディストなのだろうか。

 それとも、単に私に字を教えたいだけの、不器用な聖母なのだろうか。


(……声、綺麗だな)


 彼女の読み上げる物語に耳を傾けながら、私はまたしても、心地よい眠気に襲われ始めていた。

 肉体労働を禁じられ、代わりに与えられたのは「教養」という名の贈り物。


 もしこれが、私を高度な人材に育て上げてからこき使う計画だとしても。

 今の私には、この時間が、どんな休日よりも贅沢に思えて仕方なかった。

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