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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第三章 《ふしだらなバカンス編》

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第四十一話



 船が港に着いた時、王都は灰色の雨に包まれていた。


 南の島にはなかった、冷たくて、埃っぽい匂いのする雨だ。

 石畳を叩く音も、どこか硬質で神経質に響く。


「……暗いですね」


 タラップを降りたアイリスが、傘を差しながら空を見上げた。


「以前は、これが『普通』だと思っていました。

 空の色は鉛色で、空気は鉄の味がして……誰も空を見上げないのが、世界の正解だと」


 彼女は、行き交う人々を見る。

 皆、眉間に皺を寄せ、足早に過ぎ去っていく。

 効率よく、無駄なく、そして不機嫌に。


「でも、今は……息が詰まりそうです」


 アイリスは胸元をギュッと掴んだ。

 派手なバカンスドレスの上に、薄手のカーディガンを羽織っているだけの彼女は、この街にはあまりに不釣り合いな「異物」に見えた。


「帰りましょうか。

 まだ、あの城に戻る必要はないわ」


 セシリア様が指差したのは、王宮の方角ではなく、下町の路地裏だった。


「私の『秘密基地』があるの。

 殿下も知らない、埃まみれの隠れ家よ」


 ◇


 私たちが拾ったのは、王家の紋章が入った豪華な馬車ではなく、辻馬車タクシーだった。

 シートは革が剥げかけ、タバコと古い香水の匂いが染み付いている。


 ガタゴトと車輪が軋む音。

 窓の外を流れる、無機質なレンガ造りの建物たち。


 アイリスは、窓ガラスに額を押し付けるようにして、じっと外を見ていた。


「……先輩」


「ん?」


「あの角のパン屋、まだありました。

 あそこの時計台、三分遅れています。

 ……何も、変わっていません」


 彼女の声は、どこか切なげだった。


「街はそのままなのに、私の中身だけが書き換わってしまったみたいで……。

 なんだか、自分が『バグ』になった気分です」


 今まで完璧に噛み合っていた歯車から、自分だけが外れてしまったような孤独感。

 王都の景色は、変わってしまった彼女を、無言で拒絶しているように見えるのかもしれない。


「いいんじゃない?」


 私は、彼女の冷たい手に自分の手を重ねた。


「街が変わらないなら、私たちが変えればいい。

 それに、バグだらけの人生の方が、面白いって知っちゃったでしょ?」


「……ふふ。そうですね」


 アイリスは、私の手を握り返した。

 その体温だけが、この灰色の世界で唯一の、鮮やかな色彩だった。


 ◇


 馬車が止まったのは、つたに覆われた古びた洋館の前だった。

 

 長い間使われていなかったのか、鉄柵は錆びつき、庭は雑草が伸び放題だ。

 王宮の完璧な庭園とは正反対の、忘れ去られた場所。


「ただいま」


 セシリア様が重い鍵を開け、扉を押し開ける。

 埃の匂いが舞い上がった。


「げほっ……すごい埃」


「ふふ、掃除のしがいがあるでしょう?

 ここなら、誰も来ない。

 うるさい侍従長も、完璧主義の王子様もいないわ」


 セシリア様は、家具にかかっていた白い布をバサリと取り払った。


「さあ、まずは窓を開けなさい。

 王都の空気を入れ替えてやるのよ」


 アイリスがおずおずと窓辺に歩み寄り、錆びついたクレセント錠を外す。

 きしむ音と共に窓が開くと、湿った風が吹き込んできた。


 遠くで、王宮の鐘が鳴るのが聞こえる。

 午後六時。定時報告の時間だ。

 かつてのアイリスなら、この音を聞いた瞬間に背筋をただし、業務報告に向かっていただろう。


 けれど今、彼女は窓辺に肘をつき、頬杖をついて鐘の音を聞いている。


「……うるさい鐘ですね」


 彼女はぽつりと呟いた。


「あんな音で急かされなくても、お腹は空くし、夜は来ます」


 振り返った彼女の顔は、旅の疲れと、少しの安堵で緩んでいた。


「先輩、セシリア様。

 掃除は明日にしましょう。

 今日はもう……この埃っぽいソファで、雨音を聞きながら眠りたいです」


「賛成」


 私たちは埃を払っただけのソファに、三人で身を寄せ合った。

 王宮も、義務も、未来のことも、今はまだカーテンの向こう側。


 雨音だけが優しく響く、灰色の隠れ家。

 ここが、私たちの新しい「日常」のスタート地点だった。

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