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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第三章 《ふしだらなバカンス編》

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第三十七話



 二日酔いの地獄から生還した夜。


 私たちは、静かな波音を聞きながら、ヴィラのダイニングで軽い夕食を囲んでいた。


 アイリスの様子が、少し変だった。


 昼間の失態を取り戻そうとしているのか、あるいは「人間らしさ」に触れた恐怖から逃げようとしているのか。


 彼女は、以前にも増して機械的な動きで給仕をしていた。


「……現在、湿度六十五%。風向き、南南西。


 空調の設定温度を一度下げました。快適な環境係数を維持するためです」


 彼女は無表情でサラダを取り分ける。


 その手つきは正確無比だが、どこか痛々しいほど張り詰めていた。


「栄養バランスを考慮し、タンパク質の摂取を推奨します。


 マスター、および一号……」


「ねえ、アイリス」


 私はフォークを置いて、彼女の言葉を遮った。


「その喋り方、やめない?」


 アイリスの動きがピタリと止まった。


 彼女は、ガラス玉のような瞳で私を見つめた。


「……喋り方、ですか?


 これは王宮侍女としての標準プロトコルであり、最も効率的な情報伝達手段として……」


「違うわ」


 横からセシリア様が口を開いた。


 ワイングラスを揺らしながら、ため息交じりに言う。


「貴女は人間よ。


 血が通っていて、昨日はお酒で失敗して、今は少しバツが悪そうにしている、ただの女の子」


 セシリア様の言葉に、アイリスの眉がピクリと動いた。


「どうして、わざわざ『機械』のフリをするの?」


「フリ、など……。


 私は、そのように造られました。


 感情を排除し、事実のみを淡々と……」


「嘘ね」


 私は立ち上がり、アイリスの目の前に立った。


 彼女は一歩後ずさる。


「『道具』の言葉を使っていれば、傷つかなくて済むからでしょう?


 『任務』と言えば失敗をごまかせるし、『仕様』と言えば自分の意思じゃないって言い訳できる」


 私は、彼女の冷たい頬を両手で挟んだ。


 逃がさないように、しっかりと目を合わせる。


「でも、昨日のアイリスは違ったよ。


 笑って、甘えて、私にくっついてきた。


 ……あれが、本当の貴女なんでしょう?」


 アイリスの瞳が揺れた。


 さざ波のように、動揺が広がっていく。


「……怖い、のです」


 彼女の唇から、小さな、震える声が漏れた。


 侍女としての抑揚は消えていた。


「道具でなくなったら……私は、ただの無力な子供です。


 何をしていいか分からない。


 どう笑えば正解なのか分からない。


 殿下に捨てられたことが……悔しくて、悲しくて、どうしようもない」


 ポロリ、と。


 彼女の目から涙がこぼれ落ちた。


 今度は「目にゴミが入った」なんて誤魔化しは効かない、熱い涙だった。


「道具だと思えば……この胸の痛みも、機能不全として処理できました。


 でも……人間だとしたら、これは……ただの『惨めさ』です」


 アイリスはその場に崩れ落ち、顔を覆って泣き出した。


 そう。彼女はずっと、耐えていたのだ。


 信じていた主に「不要」と断じられた絶望を。


 それを認めたくないから、「自分には心がない」と言い聞かせていた。


 心がなければ、傷つくこともないから。


「惨めでいいじゃない」


 セシリア様が、椅子から降りてアイリスと同じ目線になった。


 そして、泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめた。


「捨てられて泣くのは、当たり前のことよ。


 貴女は傷ついたの。


 大好きな人に否定されて、心がボロボロになったのよ」


「うぅ……っ、うあぁぁ……!」


 アイリスは、セシリア様の胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。


「悔しい……です……っ。


 一生懸命、尽くしたのに……!


 あんなに、頑張ったのに……!」


「ええ、ええ。


 貴女は偉かったわ。


 あんな見る目のない男、こっちから願い下げよ」


 セシリア様は、赤子をあやすように背中をトントンと叩き続けた。


 私はその光景を見ながら、少しだけ安堵していた。


 剥がれた。


 あの頑丈な「鉄仮面」が、ようやく割れた。


 そこにいたのは、高性能なオートマタなんかじゃない。


 失恋と挫折に打ちひしがれる、どこにでもいる普通の、そして等身大の少女だった。


「……もう、無理に難しい言葉を使わなくていいわ」


 ひとしきり泣いて、目が真っ赤になったアイリスに、セシリア様がハンカチを渡した。


「『効率』とか『任務』とか、禁止よ。


 これからは、思ったことをそのまま言いなさい。


 『嫌だ』『痛い』『お腹すいた』……それで十分よ」


 アイリスは鼻をすすりながら、小さく頷いた。


「……はい。


 ……お腹、空きました。


 あと、さっきのサラダ……ドレッシングかけすぎました。酸っぱいです」


 ぶっきらぼうな感想に、私とセシリア様は顔を見合わせて吹き出した。


「ふふ、正直でよろしい」


 その夜、アイリスの口調から「ですます調」の硬さは抜けなかったけれど、冷たい響きは消えていた。


 不器用で、真面目すぎて、ちょっと面倒くさい後輩。


 それが、私たちの新しい家族の正体だった。

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