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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第三章 《ふしだらなバカンス編》

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第三十六話



 翌朝。


 世界は「痛み」で満ちていた。


 カーテンの隙間から差し込む陽光が、レーザービームのように眼球を焼く。


 頭の中で、小人が工事現場を開設したかのようなガンガンという騒音。


「……うぐっ」


 私は呻き声を上げ、シーツを頭から被った。


 気持ち悪い。喉が乾いた。


 昨夜の「天国」の代償は、あまりにも重い「地獄」だった。


 その時、隣のベッドから、か細い嗚咽のような声が聞こえた。


「……いたい。……あたま、が」


 アイリスだ。


 彼女はベッドの上でダンゴムシのように丸まり、自身の頭を両手で強く押さえていた。


「どうして……? 壊れてしまったのでしょうか。


 思考がまとまりません。視界が回って……吐き気が」


 彼女の顔色は、シーツよりも白い。


 昨夜の艶やかな赤色はどこへやら、完全に「再起不能リタイア」状態だ。


 いつもの冷静な分析も、軍事用語も出てこない。ただ痛みに怯えている。


「……違うよ、アイリス」


 私は這うようにして起き上がり、サイドテーブルの水差しを手に取った。


 手が震えて、水が少しこぼれる。


「それは『二日酔い』っていうの」


「ふつか……よい……?」


 アイリスは涙目でこちらを見た。


 その瞳は、助けを求める子供のように潤んでいる。


「毒では、ないのですか?


 修理しなくても……治るのですか?」


「毒みたいなものだけどね。時間が解決するよ。


 ……はい、水。飲んで」


 私が差し出したコップを、アイリスは両手で震えながら受け取り、一気に飲み干した。


 ぷはっ、と息を吐く。


「……苦しいです。


 こんなに身体が重いなんて……計算外です」


 彼女はぐったりと枕に沈んだ。


「理解できません。


 なぜ人間は、このような苦痛を伴う液体を好んで摂取するのですか?


 昨夜はあんなに楽しかったのに……代償が大きすぎます」


 もっともな正論だ。


 ぐうの音も出ない。


 けれど、その「無駄」こそが、私たちがフレデリック殿下から勝ち取った自由なのだ。


「……おはよう、私の可愛いポンコツたち」


 ドアが開き、セシリア様が入ってきた。


 彼女だけは、なぜか爽やかだ。


 完璧なメイクに、涼しげな朝のドレス。


 手には、冷えたトマトジュースと、怪しげな錠剤が乗ったトレイを持っている。


「あ、悪魔……」


「人聞きが悪いわね。天使よ」


 セシリア様はベッドの端に座り、アイリスの額にひやりとした手を当てた。


「熱いわね。


 初めてだもの、身体がびっくりしているのよ」


「……申し訳、ありません」


 アイリスが消え入りそうな声で謝罪した。


「起き上がれません。何の役にも立てない……。


 これでは、廃棄処分にされても文句は……」


 彼女の目から、生理的な涙がポロポロとこぼれた。


 頭が痛いから泣いているのか、自己嫌悪で泣いているのか。


「殿下なら、今の私を見て『粗大ゴミ』と呼ぶでしょう。


 自己管理もできない、ただの鉄屑だと……」


 彼女の言葉は、恐怖に染まっていた。


 一度でも機能不全を起こせば捨てられる。


 その強迫観念が、骨の髄まで染み付いているのだ。


「いいえ」


 セシリア様は、アイリスの涙を指で拭った。


「私が愛しているのは、『完璧な機械』じゃないわ。


 痛みに顔を歪め、後悔し、それでもまた快楽を求める……そんな不完全な『人間』よ」


 彼女は薬をアイリスの口に含ませ、トマトジュースで流し込ませた。


「痛いでしょう?


 気持ち悪いでしょう?」


「……はい、すごく」


「よく覚えなさい。それが『生きている』ってことよ」


 セシリア様は優しく微笑んだ。


「ただの人形には、痛みなんて分からない。


 貴女は今、その苦しみを通して、自分の身体が『自分のもの』だと実感しているの」


 アイリスは呆然と天井を見上げた。


 ズキズキと脈打つ頭痛。


 胃のムカつき。


 それら全てが、彼女が「道具」から脱却した証拠。


「……生きて、いる」


 彼女は自分の胸に手を当てた。


 心臓が、少し早めのリズムで脈打っている。


「先輩」


 アイリスが、隣で死にかけている私に呼びかけた。


「はいはい……」


「この痛みは……私のもの、なんですね。


 誰の命令でもなく、私が選んで、私が招いた結果……」


「そうだよ。


 自業自得ってやつ」


 私がぶっきらぼうに返すと、彼女はふにゃりと笑った。


「……悪くない、です。


 なんだか……『私』がここにいる気がします」


 その笑顔は、昨日の作り笑いよりも、ずっと自然で、そして人間臭かった。


 私たちはその日、昼過ぎまでベッドでゴロゴロと過ごした。


 「何も生産しない」どころか、「マイナスの状態」で時間を浪費する。


 それは、効率厨の王子には絶対に理解できない、私たちだけの最高に贅沢な「回復魔法」だった。


 (さてと)


 頭痛が引いてきた頃、私はぼんやりと考えた。


 バカンスは残り少ない。


 王都に戻れば、あの「鉄の王子」との決戦が待っている。


 この「人間臭さ」を武器に、私たちはどう戦えばいいのか。


 ……まあ、今はもう少しだけ、この甘い泥沼に沈んでいよう。


 セシリア様が注文した「迎え酒」のシャンパンが届くまでは。

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