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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第三章 《ふしだらなバカンス編》

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第二十八話



「……失望した」


 フレデリック殿下は、ハンカチで口元を覆ったまま、氷のような視線をアイリスに向けた。


七番セブン

 貴様のその醜態は、私の管理能力への侮辱だ。

 口の周りを汚し、獣のように脂を貪る……。それが王宮の侍女の姿か」


 アイリスはビクリと肩を震わせた。

 けれど、その視線は殿下ではなく、まだ皿の上に残る肉に吸い寄せられている。


「聞いていないのか」


 殿下は舌打ちをした。


「頭を冷やせ。

 その『不純物』を胃袋から洗浄し、思考回路ロジックを正常に戻すまで、私の執務室への入室を禁ずる」


 彼はきびすを返した。


「時間の無駄だ。私は戻る」


 ザッ、ザッ、ザッ。

 規則正しい足音が遠ざかっていく。

 彼は一度も振り返らなかった。


 残されたのは、波の音と、炭火の爆ぜる音。

 そして、私たち三人だけ。


 ◇


「……行っちゃったわね」


 セシリア様は、まるで邪魔なハエがいなくなったかのように、晴れやかな顔でグラスを傾けた。


「さあ、邪魔者は消えたわ。

 続きをしましょうか、アイリス」


 アイリスは呆然と立ち尽くしていた。

 あるじに置き去りにされた不安と、満たされない食欲の狭間で、彼女の「システム」は混乱しているようだった。


「マスター……命令……待機……」


 ブツブツと呟く彼女の手を、私がそっと引いた。


「座りなよ。

 ずっと立ってたら、せっかくのエネルギーが無駄になるでしょう?」


 「無駄」という言葉に反応したのか、アイリスはカクカクと頷き、私の隣のデッキチェアに腰を下ろした。


 その瞬間、セシリア様が新たな「爆弾」を投下した。


「はい、あーん」


 突き出されたのは、醤油を垂らして香ばしく焼き上げた、大ぶりの帆立貝ホタテだ。

 バターが溶けて、黄金色に輝いている。


「え、あ……」


「拒否権はないって言ったでしょう?

 口を開ける」


 アイリスは、催眠術にかかったように口を開いた。

 熱い貝柱が、彼女の舌の上に乗る。


「んんッ……!」


 彼女の喉が鳴った。

 肉とは違う、海の滋味。

 磯の香りとバターのコクが、鼻腔へと抜けていく。


 彼女は目を閉じ、何度も、何度も咀嚼そしゃくした。

 飲み込むのが惜しいとでも言うように。


「……分析不能」


 飲み込んだ後、アイリスはうっとりとした表情で呟いた。


「タンパク質と脂質、塩分……構成要素は単純なのに。

 なぜ、こんなにも……脳髄が痺れるのですか?」


「それが『美味しい』っていうことよ」


 セシリア様は、自分の指についた肉汁を舐め取りながら、妖艶に微笑んだ。


「貴女の主人は、貴女に燃料ガソリンしか入れなかった。

 でも、貴女は機械じゃない。

 悦びを感じる『女』の身体なのよ」


 彼女はアイリスの顎をクイ、と持ち上げた。

 親指の腹で、汚れた口元を拭う。


「どう?

 お腹の奥が、ポカポカして、満たされて……とろけそうでしょう?」


「……はい。

 思考速度が低下しています。

 四肢の末端が重く、瞼が……維持できません」


 アイリスのまぶたが、とろんと落ちてくる。


 満腹中枢への刺激。

 急激な血糖値の上昇。

 そして、夏の昼下がりの熱気。


 これらが組み合わさった時に起きる現象を、元社畜の私はよく知っている。


 ――「飯テロ」からの「寝落ち」。

 人類が抗えない、最強の生理現象だ。


「あらあら。

 赤ちゃんみたい」


 セシリア様はくすりと笑い、自分の隣のスペースを空けた。


「おいで。

 食後の昼寝シエスタも、立派なバカンスの義務よ」


 アイリスは抵抗しなかった。

 いや、できなかったのだろう。

 彼女はふらふらと倒れ込み、セシリア様の豊かな胸に顔を埋める形になった。


「……マスターに、怒られ……ます」


「いいのよ。

 今は私が、貴女の新しいマスター(仮)なんだから」


 セシリア様は、アイリスの背中を優しくトントンと叩いた。

 そのリズムは、波音と重なって、絶対的な安心感を生み出している。


 数秒もしないうちに、アイリスの肩から力が抜け、規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 

 あの冷徹な「影の少女」が、今はただの無防備な子供のようだ。

 口元に、まだ少しソースの痕を残したまま。


「……悪い人ですね、セシリア様は」


 私が苦笑すると、彼女は悪戯っぽく私を手招きした。


「貴女もよ、共犯者さん。

 こっちに来なさい」


 私はためらいつつも、二人の間に潜り込んだ。

 

 左に、肉の匂いとミルクのような甘い匂いがするアイリス。

 右に、ワインと香水の香りがするセシリア様。


 サンドイッチ状態だ。

 暑い。重い。

 でも、どうしようもなく幸福だ。


「……これ、フレデリック殿下が見たら卒倒しますね」


「させればいいわ。

 私たちは今、世界で一番『生産性のない』時間を過ごしている」


 セシリア様の手が、私とアイリスの髪を同時に撫でた。


「おやすみ。

 私の可愛いペットたち」


 意識が遠のく。

 太陽の下、お腹いっぱいで眠る罪悪感と快楽。


 殿下が管理する「隣の岬」はあんなに近いのに、ここだけは重力が違うみたいだった。

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