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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第三章 《ふしだらなバカンス編》

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第二十五話



 翌朝、テラスに出た私は絶句した。


 昨日までどこまでも青く、自由だった海が、変わり果てた姿になっていたからだ。


「……市民プール?」


 思わず呟いてしまった。


 白い砂浜には等間隔に杭が打たれ、そこから沖に向かって、赤と黄色のロープが幾重にも張り巡らされていたのだ。


 『遊泳レーン(高速)』

 『遊泳レーン(低速)』

 『歩行浴エリア』

 『進入禁止(危険区域)』


 無粋な立て看板が、美しい景観を台無しにしている。

 リゾート感ゼロ。

 完全に「管理された運動施設」だ。


「おはよう、諸君」


 砂浜から、メガホンを持ったフレデリック殿下が声を張り上げた。

 彼は競泳用の水着(全身を覆う黒いボディスーツ型)に、ストップウォッチを首から下げている。

 

 その姿は、海を楽しむ者ではなく、海を「攻略」する者のそれだった。


「どうだ、見違えただろう。

 これで接触事故のリスクは98%低減され、単位時間あたりの運動効率は最大化される」


「……最低ね」


 私の隣で、セシリア様が吐き捨てるように言った。


 彼女は今、真紅のビキニに、透け感のあるパレオを巻いている。

 その圧倒的な肢体は、本来ならビーチの主役になるはずだった。

 しかし、目の前にあるのは色気のないロープの海だ。


「海は泳ぐ場所じゃないわ。

 漂う場所よ」


 セシリア様はサングラスを外し、殿下を睨みつけた。


「その貧乏くさいロープ、今すぐ撤去なさい。

 私の視界に入ると、蕁麻疹じんましんが出そうよ」


「断る。これは公共の利益だ」


 殿下はピシャリと言い放った。


「だらだらと波に揺られるだけの行為に、何の意味がある?

 カロリー消費は微々たるもの。心肺機能の向上も見込めない。

 そんな『無駄な時間』を過ごすくらいなら、このレーンで1キロ泳いでみろ」


 ああ、耳が痛い。

 かつての私なら、「仰る通りです」とメモを取っていただろう。

 

 でも。


「……行きましょう、ペットちゃん」


 セシリア様は私の手を引いた。


「え、どこへ?」

「決まっているでしょう。

 あの石頭に、本当の『海の使い方』を教えてやるのよ」


 ◇


 私たちは、殿下が定めた『進入禁止(危険区域)』――つまり、一番波が穏やかで、一番景色が良い入江へと向かった。


 殿下が「おい、そこは管理外だぞ!」と叫んでいるが、無視だ。


「これを使うわ」


 セシリア様が指差したのは、使用人に用意させた巨大な浮き輪だった。

 貝殻の形をした、大人が二人乗れるほどの特注品だ。


「さあ、乗りなさい」


 言われるがままに、私はその貝殻の上に転がり込んだ。

 ふわふわとした不安定な足場。

 すぐにセシリア様も乗り込んでくる。


 狭い。

 密着度が、すごい。


 プカプカと、私たちは沖へと流されていく。


 波に揺られるたび、セシリア様の柔らかな肌が私の腕に、太ももに、触れては離れる。

 太陽の熱と、彼女の体温。

 そして、冷たい海水が時折、肌を濡らす。


「……ふふ。気持ちいい」


 セシリア様は私の肩に頭を預け、目を閉じた。


「ねえ、フレデリックが見てるわよ」


 遠くの岸辺を見ると、殿下が双眼鏡(あるいは計測器?)でこちらを凝視していた。

 

 『ルール違反だ』

 『非効率だ』

 『戻れ』


 そんな怒声が聞こえてきそうだが、波の音が全てをかき消してくれる。


「あの男には一生分からないでしょうね」


 セシリア様の指が、私の水着の紐を弄ぶ。


「目的もなく、ただ波に身を任せて、好きな人と肌を重ねる……。

 この『生産性のなさ』こそが、最高の贅沢だってこと」


 彼女は、濡れた手で私の頬を包み込んだ。


「キスして」


「えっ、でも、あそこから丸見えじゃ……」


「見せつけてやるのよ。

 数字や効率じゃ測れない、甘くてドロドロした『感情』を」


 逃げ場はない。

 私は意を決して、彼女の唇に触れた。


 潮の味。

 そして、甘いリップの味。


 揺れる波の上、不安定な浮き輪の中で、私たちは深く絡み合った。

 遠くで殿下が何か叫んでいるのが見えたけれど、それはまるで別世界の出来事のように遠かった。


 ふと。


 キスの合間に、視線を感じて目を開けた。


 殿下の隣。

 波打ち際に、あの「影の少女」が立っていた。


 彼女は、計測器を持ったまま動かない。

 殿下が怒鳴っているのにも気づいていないようだった。


 ただ、じっと。

 

 波に揺られ、抱き合う私たちを、食い入るように見つめている。


 その足元で、小さな波が彼女の革靴を濡らしていた。

 

 「効率」の檻の中にいる彼女にとって、この「漂流」は、どう映っているのだろう。


 恐怖か。

 軽蔑か。

 それとも――憧れか。


「……よそ見しないの」


 セシリア様に唇を噛まれた。


「貴女が見ていいのは、私だけよ」


 彼女は私の視線を遮るように、さらに深く覆いかぶさってきた。

 浮き輪が大きく傾き、私たちは悲鳴を上げて笑い合いながら、青い海へと転げ落ちた。


 バシャーン!


 冷たい水の中、泡に包まれながら、私は確信した。


 やっぱり、勝ったのは私たちだ。

 だって、殿下はあんなにしかめっ面で、私たちはこんなに笑っているのだから。

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