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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第三章 《ふしだらなバカンス編》

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第二十二話



 舞踏会の熱狂から数週間。

 王都は、うだるような暑さに包まれていた。


 石畳からの照り返し。

 蝉の鳴き声。

 そして、私の前世のトラウマを呼び起こす「クールビズ」という名の、中途半端に暑いオフィス街の記憶。


 けれど、今の私は違う。


「……暑いわね」


 天蓋付きのベッドの上で、セシリア様が氷入りのレモネードをかき混ぜながら呟いた。

 薄手のシルクの部屋着から、白磁のような肌が透けている。


「そうですね。今年も猛暑のようです」


 私が氷嚢ひょうのうを取り替えようとすると、彼女は気だるげに手を振った。


「決めたわ。

 王都を出ましょう」


「えっ? 出張ですか?」


 私の背筋が伸びる。

 出張準備。チケット手配。宿泊先の確保。スケジュールの調整。

 社畜時代の「秘書スキル」が脳内で火を噴く。


「違うわよ、仕事中毒のペットちゃん」


 セシリア様は呆れたように笑った。


「『避暑』よ。

 南の海辺に、我が家の別荘があるの。

 そこで夏の間、のんびりと過ごすのよ」


「な……夏の間、って……」


「二ヶ月くらいかしらね」


 二ヶ月。


 その単語の響きに、私は目眩を覚えた。


 二ヶ月の休み?

 盆休みと正月休みを足しても一週間もなかった私に、六十連休?

 

 致死量だ。

 暇すぎて死ぬかもしれない。


「……準備は?」

「使用人がやるわ」

「スケジュールは?」

「ないわ。起きたい時に起きて、海を見て、眠くなったら寝る。それだけよ」


 彼女は悪魔のように微笑んだ。


「貴女には、最高に贅沢な『退屈』をプレゼントしてあげる」


 ◇


 そして数日後。

 私たちは大陸南部の保養地「サント・メール」にある、公爵家の別荘に来ていた。


 窓を開ければ、視界一面に広がるのはサファイアのような海。

 白い砂浜。

 そして、頬を撫でる湿った潮風。


 まるで絵画のような世界だった。


 けれど。


「……お、落ち着かない」


 私はテラスの端で、無意識に爪を噛んでいた。


 到着して二日目。

 私の精神は限界を迎えていた。


 仕事がないのだ。

 

 朝、起きる時間は自由。

 着る服は、締め付けのない薄絹のサマードレス(下着のような軽さだ)。

 食事は、海が見えるテラスで何時間もかけてとる。


 『予定』という概念が、ここには存在しない。


 前世で分刻みのスケジュールに追われていた私にとって、この「空白」は猛毒だった。

 

 (何か……何か生産的なことをしないと!)


 私は震える手で、近くにあった銀のティーポットを掴んだ。

 せめてお茶くらい淹れなければ、給料泥棒になってしまう。


「――待って」


 背後から、気だるげな声がかかった。


 デッキチェアに横たわっていたセシリア様だ。

 大きなつばの麦わら帽子を目深にかぶり、肌の露出が多い純白のサンドレスを纏っている。

 その姿は、海から上がったばかりのヴィーナスのように美しい。


「な、何でしょうか、セシリア様!」


 私は直立不動で答えた。


「そのポットを置きなさい。

 それは貴女の仕事じゃないわ」


「で、でも……私、朝から何もしていません。

 メールチェックも、書類整理も、靴磨きさえも……!」


 セシリア様は帽子を指先で少し持ち上げ、サングラス越しに私を見上げた。


「……重症ね」


 彼女はため息をつき、隣の空いたチェアをポンポンと叩いた。


「こっちにいらっしゃい」


「は、はい!」


 私は慌てて駆け寄った。

 次の命令タスクがもらえると思ったのだ。


 しかし、セシリア様は私の腕を引くと、無理やりチェアに押し倒した。


「えっ……?」


「じっとしてて。

 貴女の今日の仕事は、そこで『天日干し』になることよ」


 彼女はサイドテーブルから、琥珀色の小瓶を取り出した。

 蓋を開けると、南国の花のような濃厚な甘い香りが広がる。


 サンオイルだ。


「貴女、肌が白すぎるわ。

 不健康なオフィスの蛍光灯の色ね。

 少しは太陽の匂いを染み込ませないと」


 とぷん。

 セシリア様の掌に、たっぷりとオイルが注がれる。


「あ、あの、自分で塗りま……」

「駄目」


 彼女は私のドレスの肩紐を、するりと指で落とした。


「貴女に任せたら、どうせ『効率的』にパパッと済ませるでしょう?

 バカンスというのはね、時間を浪費することなのよ」


 彼女の手が、私の鎖骨に触れた。


 ぬるりとしたオイルの感触。

 そして、それ以上に熱いセシリア様の掌。


「……んッ」


 思わず声が漏れる。


 彼女の指は、ゆっくりと、わざとらしいほど時間をかけて動いた。

 鎖骨の窪みをなぞり、二の腕を揉みほぐし、背中の凝り固まった筋肉を溶かすように這う。


 波の音が、ザザァ……と響く。

 遠くで海鳥が鳴いている。


 そのリズムに合わせて、セシリア様の手が私を支配していく。


「力、抜いて」


 耳元で囁かれる。


「明日やることなんて考えなくていい。

 今の貴女に必要なのは、波の音と、私の指の感触だけ」


 彼女の手が、ドレスの背中側へ滑り込む。

 

 腰のくびれ。

 背骨のライン。

 敏感な場所を、オイルの滑りを利用して執拗に愛撫される。


 頭がぼんやりとしてきた。

 「やらなきゃいけないこと」が、波にさらわれて消えていく。


 怖い。

 こんなに無防備で、こんなに無意味な時間を過ごすことが、怖い。

 

 でも、それ以上に……気持ちいい。


「……そう。いい顔になってきた」


 セシリア様が、私の頬をオイルで濡れた指で撫でる。


「貴女はただの美しい置物になりなさい。

 私が飽きるまで、ここで太陽と私に愛されていればいいの」


 私は、抵抗する気力を失い、脱力した。

 

 視界の端で、青い海がキラキラと光っている。

 

 ああ、これが「休暇」なのか。

 

 何もしないことが、こんなにも背徳的で、甘美な行為だなんて知らなかった。


 セシリア様の指が、太ももの内側へと伸びる。


「さあ、裏返し。

 次はこっちも、とろとろにしてあげるわ」


 長い長い、午後の始まりだった。

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