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不遇幼女に転生した私、悪役令嬢に拾われて何故か溺愛されてます 〜貴族生活楽しい!〜【1万PV感謝!】  作者: ペンギンの搾り汁
第一章 《魔王女の救済編》

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第十二話



 その日は、朝からしとしとと雨が降っていた。


 灰色の空。窓を叩く冷たい雨粒。

 前世の私なら、これは「絶望」の合図だった。

 濡れた靴下、湿気でベタつく満員電車、気圧の低下による頭痛。それでも這ってでも会社に行かなければならないという強迫観念。


 けれど、今の私にとって、雨は――。


「……暇ね」


 暖炉の前で、セシリア様がぼんやりと呟いた。

 私たちは今、最高級のペルシャ絨毯の上に並んで座り、毛布にくるまっている。

 部屋の中はポカポカと暖かく、パチパチと薪が爆ぜる音だけが心地よく響いている。


「お庭の散歩もできませんし、お買い物も行けませんね」

「ええ。最悪だわ。外に出られないなんて、まるで監獄よ」


 彼女は不満げに唇を尖らせたが、その膝の上には分厚い画集があり、手元には湯気を立てるマグカップがある。

 監獄というよりは、極上の「引きこもり天国」だ。


「ほら、飲みなさい。冷めるわよ」

「あ、ありがとうございます」


 手渡されたマグカップには、ドロリと濃厚なホット・チョコレートが波打っていた。

 一口飲むと、カカオの芳醇な香りと、脳が痺れるほどの甘さが口いっぱいに広がる。


「んんっ……! 美味しい……!」

「砂糖とミルクを限界まで入れた特別製よ。これを飲んで、その貧相な身体に脂肪をつけなさい」

「はい、喜んで太らせていただきます……」


 雨音をBGMに、甘いココアを啜る。

 幸せすぎて、自分が元社畜だったことを忘れそうだ。


「……それにしても」


 セシリア様が、じっと私を見つめてきた。

 その深紅の瞳が、私の頭のあたりで止まる。


「貴女、髪がボサボサよ」

「えっ? す、すみません! 寝癖が……」


 慌てて手櫛で整えようとするが、私の髪は長年の栄養失調とケア不足で、毛先が傷んで絡まっていた。

 王子の言う通り、私はやっぱり薄汚い小動物なのだ。


「チッ……見てられないわ」

「申し訳ありません、すぐに結んで隠しますから……」

「こっちを向きなさい」


 セシリア様は私の肩を強引に掴み、自分の方へ背中を向けさせた。


「え、あの、セシリア様?」

「じっとしてて」


 彼女が取り出したのは、猪の毛で作られた高級なヘアブラシと、香油の小瓶だった。

 ポタリ、と甘いローズの香りがするオイルが垂らされる。


「そんなゴワゴワな髪じゃ、私の抱き枕としての品質に関わるわ。

 徹底的にメンテナンスしてあげる」


 そう言って、彼女は私の髪を梳かし始めた。


 スッ、スッ、と。

 リズム良くブラシが通るたびに、頭皮が心地よく刺激される。

 絡まった部分は、指先で丁寧に、驚くほど優しく解いてくれる。


「痛くない?」

「……はい。全然、痛くないです」


 むしろ、気持ちいい。

 誰かに髪を梳かしてもらうなんて、いつぶりだろう。

 子供の頃、母親にしてもらった時以来かもしれない。


「……貴女の髪、色は悪くないのよね」


 背中で、セシリア様が独り言のように呟いた。


「手入れさえすれば、きっと綺麗な栗色になるわ。

 絹糸みたいにツヤツヤにして、誰もが振り返るようにしてあげる」

「そんな……私なんかに、もったいないです」

「うるさいわね。私がそうしたいの」


 彼女は私の髪を掬い上げ、楽しそうにブラシを動かす。

 その手つきは、お気に入りの着せ替え人形を愛でる少女のようだ。


「……ねえ」

「はい」

「あの能率バカの王子が言ってたこと、まだ気にしてる?」


 不意を突かれた。

 ドキリと心臓が跳ねる。


「……少しだけ」

「馬鹿ね」


 彼女はブラシを止め、私の首筋にそっと触れた。

 冷たい指先。けれど、そこには確かな体温がある。


「あんな男には一生分からないわ。

 雨の日に、こうして無意味な時間を過ごすことの豊かさが。

 ただ髪を梳かして、ココアを飲んで、雨音を聞く。

 これ以上の『生産性』がどこにあるって言うのよ」


 彼女の言葉が、温かいココアのように胸に染み渡る。


 無意味な時間。

 生産性のない行為。

 前世では「悪」だと切り捨てられていたものが、ここでは宝石のような価値を持つ。


「……ありがとうございます、セシリア様」

「お礼を言うのは早いわ。ほら、できた」


 彼女が手鏡を私の前に差し出した。

 そこには、丁寧にブローされ、天使の輪ができるほどツヤツヤになった私の髪が映っていた。

 サイドには、彼女のドレスとお揃いの深紅のリボンが結ばれている。


「わあ……これが、私……?」

「ふふん。どう? これなら、私のペットとして連れ歩いても恥ずかしくないでしょう?」


 鏡の中の私は、少しだけ自信を持てそうな顔をしていた。

 それはきっと、髪が綺麗になったからだけじゃない。

 鏡の端に映る、背後のセシリア様が、とても優しく微笑んでいたからだ。


「さあ、メンテナンス終了よ。

 雨が止むまで、またお昼寝の時間にしましょう」


 彼女はブラシを置くと、そのまま私の背中にドサリと寄りかかってきた。

 重い。でも、温かい。


「……セシリア様、重いです」

「我慢なさい。貴女は私の特等席なんだから」


 窓の外では、まだ雨が降り続いている。

 けれど、もうちっとも憂鬱じゃなかった。


 この「のんびりとした牢獄」の中でなら、私はきっと、一生出所できなくても構わない。

 背中に感じる主人の鼓動を聞きながら、私は静かに目を閉じた。


 雨の日も、悪くない。

 そう思えたのは、二度の人生で初めてのことだった。

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