神の交流と口入れの話
☆
世界の端々まで、人の目は見通した。
それは今は昔の話。
国境の先には果て知り得ない闇と、知性なき獣達が蹂躙する原野。
戦争の後、人は一つ所、街や村に群れて生き延びた。
そして再びの繁栄を得たが、人垣や塀の外側、国の外がどうなっているのか。
人間は誰も、知らない。
人間達は、闇と獣を恐れ、光を愛し、太陽を信仰対象として崇め始めた。
光の神が、今の主神と呼ばれる所以だ。
[……分担して引き受けた、だけであったのにな]
[いけませんよ、もう少し胸を張って]
[いや、しかしな……]
[貴方ならば、出来ますよ]
[大地母神はいつも励ましてくれるが……]
二柱の神が、光の神殿の祭壇上で話していた。
人とは時間感覚が違う為、そこに在ったのは一瞬で。
交差した点に、干渉するモノは本来皆無だが。
[少し宜しいですか]
そこに介入するのはやはり神性存在。
[貴方は?]
[私は、新たな選択肢。調停者のカレン]
[選択肢? 起り神では無いのか]
[待って、いけないわ、この方は……]
[いえ、良いのです。今は確かに起り神]
[何故、格位の遙かに高い貴方が起り神などと]
[そちらは光の神ですね?]
カレンは二柱を制して話を続ける。
[貴女は大地母神。間違いありませんか]
二柱は面食らうを過ぎて、驚きと不信感から沈黙を選んだ。
[私はコチラに降りてまだ日が浅く、現状を識らない。二柱にはお助けいただきたいのです]
……光の神は、改めて絶句した。
彼は思い出していたのだ。
創造主の僕として、彼女は神の傍に控えて居た。
姿、大きさは変わったが、間違いは無い。
(あの冷徹の執行者が、助けを欲する?)
その行動は果断にして鋭利な、部下も人も、全てを道具扱いしていたあの側近と同一存在とは思えない言葉だが。
カレンを睨みつけ拳を握りしめる。
胸に大きな感情があった。
神の名を得た代行者の部下達が、ここまで世界を支えてきたのに。
(役割の再分担で、自分が振り分けた役名を、忘れたとは言わせない)
静かに怒りが、燃えていた。
[……失礼ですが、我々の手伝いを必要とされる理由を伺っても?]
大地母神は既に思い出していたが、彼女の余りの変わり様には驚きつつも、それより興味が湧いていた。
識っている存在のままか、或いは何かしらの変化が有り様をも変えてしまったのか。
[……お伝えすれば笑われるとは思うのですが…… 私の現状を、お知らせ致します]
創造主の思い付きで、分霊である自分が切り離され置き去りになった事。
監視対象の元人間には全てを告げて、こちらでの有り様を模索している事。
創造主の監視下から外れて、意に背いて行動している事。
そして。
[過去、貴方達へ押し付けた世界に、私が現れた…… 不快にも思うでしょうし…… お怒りも当然。しかし許していただけるならこの世界に席を据えさせていただきたいのです]
[…分霊であれ貴女の格位で宣告されたならば逆らう事等、出来はしませんのに…。それを知りてなお、私達に近付いたのは?]
[この世界から創造主へ献上されている理力を維持する為と、その…… 監視対象の元人間が、ね]
急に歯切れの悪くなるカレンに、光の神も目を丸くして言う。
[監視対象がどうしたと言うのだ]
[仲良く出来るなら仲直りしてきたら? って……]
[……は?]
[……まぁ]
ああ成る程な。
絆されたのか。
流石にそこまでは光の神も言わなかったが、乙女心を晒したこの表情で大体の理由を察する事が出来たので、一気に緊張が緩んだ。
怒りも、何だかどうでもいい気さえしてきた。
また創造主の気まぐれか。
この世界を何だと考えている?
やはり、ただのエネルギー源だろうか。
自分達はソレを維持するためのパーツ?
考えてもどうしようもない事を、また考えてしまう。
そんなどうしようもない閉ざされた世界に、彼女も囚われた訳だ。
仲間入りを歓迎は出来ないが、拒否するのもバカバカしい。
[我は関与しない。好きにすればいい]
[……ありがとう]
大地母神はと見ると、くすぐったさを堪える様な顔でカレンを見ている。
[いいわ、私は歓迎、むしろ帰還と言ってもいい事よ。お姉様]
[……懐かしい呼び方ですね]
[お久しぶりですわ]
大地母神は満面の笑みを浮かべ、決意を固めた。
[友達になりましょうカレンさん]
[許してくれるの?]
[私は、元からお姉様の御指示に間違いは無かったと思っているし、仕方が無かったと考えています]
[……ありがとう]
[では、その彼の事を聞かせてっ]
神の交流としては長々と、二柱の女神は喋り続けていった。
光の神はいつの間にか居ない。
[……私の言葉の端々にあった感情を感じ、意を汲み推測し予測して、真実まで辿り着いたの]
[ふむふむ、スゴイ洞察力ね。彼は怒らなかったの?]
[そうなのよ。怒るどころか、同情してくれたわ……]
恋する女の顔で、溜め息をひとつ。
神の代行者は、今や乙女か。
大地母神は微笑んだ。
[良い男みたいね]
[あげないわよ]
返された言葉に、即座に切り返された応え。
[……本気なのね]
[そうですよ。体はまだ、小さな男の子なのですが]
[愛に生きる…… 神としては辿り征けない道ですね]
[いえ、そうでも無いの]
カレンは含みの有る笑みを浮かべて。
大地母神はすぐに合点がいった。
[そのお名前は彼からなのね。神への命名者には格位上げが約束されていますから……]
[そう。もう彼は死後に序6位以上が確定しています]
また知らぬ内に、色々な物を受け止める羽目になっていた様だ。
二柱の女神は微笑み合う。
[まずは、お姉様の席を確立しましょう]
[はい、知識共有をしていただけますか]
[いえ、姉妹宣告しましょう]
知識共有は名前の通りだが、姉妹宣告は力の共有も含む。
[宜しいのですか]
今の状況では、大地母神から力を借りるばかりになってしまうというのに。
[お姉様との姉妹宣告、夢だったんです]
にこやかに、大地母神は宣言を始めた。
[我等はここに、血筋に倣わぬ家族の誓いを立てる。遙かに空が距てても]
[遙かに海が距てても、理と運命に誓う]
[互いに違いが無い限り]
[思いの重ねを身に付けて]
[姉妹宣告、いたします]
[姉妹宣告いたしました]
宣言を受け、世界の流れに調停者カレンの名前が刻まれた。
[これで…… 大地が属を獲得しましたね]
[……あの…… 私に届いている大地の理が、揺れていますが?]
大地の理はとても強い。
龍脈からは絶え間なく霊的エネルギーを得られる為、暫くすれば不足していた分など容易く回復してしまうだろう。
一方的に奪う様な形で。
……その、筈が。
大地の恵みであるエネルギーを神気へ変換すると、精霊や世界の変質をまざまざと見せつけられた。
村のノームにも、変質の余波が伝わっていたのだ。
それは「自動的」で、精霊には拒否出来ない。
俯瞰で見ては分からなかった歪みの業を理解した。
[……これが、貴方達の悩みなのね]
大地母神が気に掛ける浸食、変質。
[はい。異界が、極大化しています]
[空間情報が撹拌されて、稀薄化と濃縮を繰り返し……]
このままでは、何処かに「穴」が開く。
既に開いていてもおかしくはない。
「……対策は天命、なのね」
一度開いた「穴」は精霊力や神気で正さない限り、歪みを消す事はない。
[風の精霊と土の精霊が天命を受けて、綻びを見付け次第に覚醒転換をしていますが……]
[津波を前にして盾の意味は無いのよ]
大地母神が言うのは、歪んだ場所に精霊を運び、修復作業を繰り返して貰う事。
対症療法的な処理だ。
後手になっている時点で、対策としては弱い。
もしも大きく歪む前に正す事が出来るなら、それは精霊にも余力を残して済む。
妖精界側には被害が無いなら、こちら側の境界を強化して…… しかし乗り切るにも時間的に余裕はない。
彼なら…… 空間的な魔法の才能を持ったスライの協力があれば。
自分達で効率的に処理出来る。
更に精霊の扱いにも長けてきた彼なら、一人でも成せる筈だ。
[私は新たな選択肢だと言いました。姉妹宣告のお礼に精霊の後押しを致しましょう]
[ああ…… 正直、お姉様が手を貸してくだされば心強いです]
[依頼をください。信徒の精霊使いへするのと同じで、報償を付けて]
[……愛に生きるわね。報酬は何を?]
[欲しい物は、幾つかあるの]
[ふふふ、やっぱり]
[どうかしましたか?]
[聡明なままのお姉様で良かった]
大地母神はすっかり上機嫌だ。
カレンは懐かしさと疲労感を感じつつ、考えを巡らせる。
スライに無理を言う事になるが、天命を無効化するために精霊使いを修めてもらい、世界を巡る旅をしなくては。
(……婚前旅行かしら)
カレンには時折、「ダ女神」へ傾く癖が付いてしまった様だ……。




