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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第6章 『大逆の産声』
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93.新天地を前に

 手合せのため天幕を出た私たちは、見張りの目を掻い潜り野営地を離れた。

 途中イシェルセナの私兵にキースが察知される場面もあったが、私が自らの存在を示すと大人しく引き下がった。


 碑塔(ひとう)街道を離れ、森を走ることしばし。

 適当に開けた場所を見つけると、どちらからともなく足を止める。


「剣しか持ってきていないな、珍しいこともあったもんだ」


「今の私の身の上では、いざという時に身を守れる武器はこれだけなんですよ」


 剣を引き抜き刀身に布を巻きつける。

 音を立てぬようにとの配慮だ。

 距離はあるがこの世界には魔法があるので、念を入れて入れすぎることはない。

 キースも同様に備える。


「んじゃ、やるか」


「お手柔らかにお願いしますよ」


「嫌だね。オレもずっと試す相手が欲しかったんでな」


 おいおい、無茶を言わんでいただきたい。

 こちらはまともな訓練すらできていないのだから。


「クゥはどうなんですか」


「あー、あいつはダメだな。解放を使われるとまるで相手にならねぇし、使わないとそれはそれで相手にならねぇ」


「イシェルセナさんの訓練の相手を務めているのでしょう?」


 結局イシェルセナに提案してみたのだ。

 満足に相手を出来る者が居ないのはクゥも同じなので。

 彼女は面白そうですねと快諾してくれましたよ。


「いや、腕は上げていると思う。解放を使ったあいつとの差がまるで埋まらなくなったからな。使わない時の差は今も開いているってのに」


「ふたりが強くなっている様で喜ばしい限りです」


「お前、訓練の後のあいつを知らないだろ。大変なんだぞ?」


 疲労感を漂わせながら言う。

 だが残念でしたね。そいつは私だって知っているのですよ。

 キースの居ない場所では、毎日のようにイシェルセナに対する不平不満や嫌悪に嫌疑の愚痴をぶつけられている。

 まああえて言う気もないが。


「それをどうにかするのはキースの役目でしょう?」


 言ってから布を巻き終えた剣を軽く振り、身体の具合を確かめる。

 うむ。思った通りに動く。

 当然ではあるのだが。

 訓練はできていないものの、魔力操作を組み合わせた体操の様なものは日課にしている。


「他人事だと思って」


「それはもう。他人事ですから」


「言ったな」


 キースが剣を構える。

 あちらも準備が整ったようだ。

 私も緩く構え、気勢を変えるように挑戦的に言葉を放つ。


「ならどうしますか?」


「歯ぁ食いしばれ」


 キースは笑声を乗せて突っ込んできた。


 幾度か、木々の合間に鈍い音が響く。

 だがそれも間もなく途絶えた。


 勝敗は呆気のないものだった。


「なあ……腕、鈍ったんじゃないか」


「だから言ったじゃありませんか、お手柔らかにと」


 初撃こそ上手く斬り返し攻勢に転じることができたものの、わずか数合でいなされ、後はもう防戦一方。

 終いには無様に剣を流され首筋に刃を添えられるという形で、1度目の立ち合いは幕引きとなった。


「しかしまあ、分かりましたよ。自分の状態は。これであなたの相手をするのは無理がありますね。なのでいささか不本意ではありますが、全力でもって臨みます」


 全力を出したところで、あまり互いの益とはならないのだけれどね。

 それでも、己の限界は確かめておく必要があった。


 これまで訓練では同時に運用することのなかった幾つかの魔力操作を、並列起動する。

 対解放使い、対魔法種を想定した全力の魔力統制。

 今の己ではそれらを相手にするにはまるで足りないだろうが、キース相手であればまだ通用するはず。


「参りますよ」


 主観時間を加速。

 遅滞した世界で一歩を踏み込んだ。


 地を踏みしめ、刃が空を切る音ばかりが静寂に不協和を与える。

 そうしてしばしの後、荒い息が2つ、森の中の小さな空き地を満たした。


「おいヤ……イラ!」


 ひとつ大きく息を吸ったキースが、怒り心頭という面持ちで詰め寄ってきた。

 ふむ。集団生活でようやく偽名で呼ぶことに慣れたと思ったのだが、咄嗟に口にしようとするとまだ前の名が出そうになるようだ。

 ちなみに試合は私が勝った。圧勝とはいかなかったが。


「これまでずっと手加減してやがったな」


「半分当たりで半分外れです。言ったでしょう、全力と。元々はクゥの様な解放の使い手や、魔法種に対抗するために研鑽に研鑽を重ねた秘策です」


「手を抜いていたことに違いはないだろ」


 その顔は実に不満げだ。

 諸々見て見ぬ振りをする代わりに、本気で相手をする。

 そんな暗黙の了解があったものな。


「これは……邪道です」


「まあ、な。昔から技より速さなところがあったけどよ、今のはそいつを突き詰めたみたいな動きだった。太刀筋なんてなくて、避けようのない攻撃を奇天烈な動きで躱して。正直なところオレは誰とやってんだって気分になったよ」


「それに速いですが軽いんですよ。この剣では魔獣を討つのは難しいでしょうね」


「けど人を殺るには十分だ」


「知っています」


 ああ、知っているとも。

 魔法種を人の範疇で語ってははならないことも含めて。

 そいつはまあ、今はどうでもよいか。


「どうして伏せていた」


「『オレとやる時は全力で相手をしろ』と、キースはよく言っていましたね。では逆に聞きますが、これを使って全力で相手をしたぞと私が言ったとして、あなたは満足しましたか?」


「ふざけるなと殴りかかっただろうな」


 腕を組み堂々と言い放った。

 なんとも清々しいことである。


「ほら」


「うるせえそういう話じゃねえだろ」


「そういう話なのですよ。私に隠し事が多いのは知っているでしょう。それに、あの頃は誰かを信じようなどとは思っていませんでしたからね」


「意地の悪い返し方をするじゃねえか」


「頼もしいでしょう?」


 悪びれる風もなく私が言うと、キースは寸時、呆れた顔を覗かせる。

 そして、俯き肩を震わせた。


「くくく。殴っていいか?」


「どこからでもどうぞ」


 素早く距離を取り剣を構えながら、私はそう応える。

 それからまたしばらく常の立ち合いを繰り返した。

 もちろん私の全敗だ。

 宣言の通り殴り倒される場面もあったが、反応できなかった私が悪いのだろう。

 日々の鍛錬の重要性を再確認するばかりの時間だった。



 ◇◇◇



 久方ぶりの稽古を終え、かすかな充足感を胸に私たちは宿営地への帰路に着いていた。

 森の中を歩いていると不意に、先を行くキースが言葉を発した。


「イシェルセナさんとは上手くいっているのか?」


「妙な言い回しですね」


「なんでだ。言葉通りの意味だろう?」


 怪訝な顔で振り向く。


「ふむ、言われてみればそうかもしれません。そうですね、主人なる人物については定かではありませんが、それなりに有為な人物の元に身を寄せることはできそうです」


「なんだ、そっちも順調か」


「そっちも?」


「いや実はな」


 歩みを遅くしたキースが隣に並ぶ。

 それからやや潜めた声で言葉を発した。


「ケッゼイ殿がオレたちをムドヤハサ……様? に紹介したいって考えているみたいでな」


「初耳ですね」


「なら、『君ら』ってのはオレとクゥのことで確定か。理由はなんだ。好意的に見りゃあお前の方が上手くいっているから、残されるオレたちを気遣ってってのがひとつあるが」


 ないな。有為な人物というのはイシェルセナのことだ。

 それを彼女がケッゼイ殿に伝えることは、立場上まずあり得ないと思う。

 ケッゼイ殿の独断……なら良いのだが。


「あの人は武人ですからね。純粋に戦力として評価したというのがもうひとつでしょう」


 短絡的に考えるならこれ。

 腹芸向きの性格ではないというのも大きい。


 懸念はやはりイシェルセナ絡み。

 なんでもあの娘、クゥとの訓練にかこつけてキースとも会っていた様なのだ。

 それも私の目を盗む形で。


 どうして知っているのかと言うと、クゥから聞いたからだ。

 まあ彼女を嫌っているクゥの言うことを鵜呑みにするのは危険なので、キースにも事情聴取はしている。

 キースが言うには、私について当たり障りのない話しかしていないというが、怪しい。


 目的は私かキースか。

 切り崩しを狙った可能性もある。

 キースを取り込み、包囲網をより確固たるものにしようとしている。

 ただそちらは無理ではないかと考えている。

 そんなことはクゥが絶対に許さないだろうからな。

 そういう意味では頼もしい。

 ただだからこそ、今回のケッゼイ殿の誘いも、イシェルセナが私を御しやすくするため私から近しい者たちを引き離そうとした結果かもしれないと考えてしまう。


 まあ当人にそうした考えはないと、信用できるかは別として確認は済んでいるのだが。

 キースに声を掛けているのを知った後に問うたのだ。

 だからおそらくきっと、ケッゼイ殿の独断だろう。

 ムドヤハサに利する行為でもあることだし。


 ただそれはそれとして、この動きを利用して上手く立ち回れないかとも考える。

 イシェルセナの思惑はどうあれ、ムドヤハサの利となるというだけでは私の不利益にはならない。

 不利益になるとしたら、イシェルセナとの関係の中でのことだ。

 それとは別のところで問題も多いのだが。


 思索に耽るキースを見やる。

 私の視線に気づいたキースが、不敵に笑う。


「ケッゼイ殿の誘い、乗る方向で考えておいた方が良さそうだな」


「策のひとつとして考えてはいますが、良いんですか、私は手を貸せなくなりますよ」


 これが最大の懸念だった。

 私という傘を失えば、黒の民の身分に否応なく降り回されることになる。

 そもそも黒の民が個人に従っているというのが異常なのだ。

 信仰を盾にもっともらしいことを言ってはいるが、一度その手を離せば、同じ理由でその手を取るのはどだい無理な話であろう。


 逡巡する私を、キースがくくっと笑った。


「あの日からこっち、オレたちの旅は月光の気まぐれを頼みに生きてきたようなもんだ。互いの立場もある。不本意だが、いつも同じ道をだなんて言ってられるかよ。どう考えたって無理が出る。手を狭めるべきじゃないとオレは思うんだが。オレの方は、まあ上手くやるさ。黒の民を必要とするのなんて戦場の他にありやしない。国を跨いでどうこうって話に比べれば、オレにはずっと分かりやすい」


 ふっと息が漏れる。

 自嘲の溜め息だった。


 呆れた話だ。実に愚かな話だ。なんとも度し難い。

 あろうことか私は、キースのことで己の行動を縛ろうとしていたのだ。

 己がどれほど弱い人間であるのかを思い知らされる。


 弱いというのは罪だ。

 こと己が生を全うする上では。


「今はキースの方が私よりも先が見えているようですね」


「さてどうだかな。オレのはお前の受け売りに過ぎねえよ」


「ならば、私も最善を尽くすとしましょう」


「しくじるなよ」


 いつぞやの様に掲げられた拳に、私も拳をぶつける。

 骨を打つ小さな痛みが、立てた誓いを思い起こさせた。


 信じる、か。


「そちらも、死なないでくださいよ」


 私はあえてぞんざいに返した。

 キースは黙して、ただ腰の剣に手を添えるのみ。

 それから宿営地に戻るまで、私たちの間に言葉はなかった。


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