91.白旗
野営の支度をキースに任せ、私はイシェルセナとふたりで周囲の安全確認に出ていた。
疎らな木々の合間を並んで歩いている折の事。
「なにか言いたげな顔をしておられますね」
「あなたのなさることですからね。気にはなりますが懸念はありませんよ」
「甘いとお考えですか?」
「それを口にするということが、事実がいかなるものかを物語っていると思うのですが……そうですね。私であれば残すとしても2人、いえ口にした以上は3人でしょうか」
見込みがあるのは双子の姉妹だけだろう。
姉のエジェは兄に比肩する聡明さを持っている。
妹のエキは兄に無い感情を廃した合理性を持っている。
キルバは正直なところ、私には要らない。
人としてはかなり好感が持てる。友として付き合うなら良い相手だろう。
だがあの手の他人に夢を抱くタイプを、配下として手元に置くのは勘弁願いたい。
私は凡才なので、いつ見限られ裏切られるのかと気が気ではないのだ。
その意味ではあなたも怖いのですけどね。
あなたこそ、でしょうか。
「それは、まことに興味深いお話ですね。師からこのお話を聞けただけで、彼の者たちを引き入れた甲斐があったというものです」
ほらまたそうやって不安にさせることを口にする。
今日はあなたの不興を買わないようにと思い改めてばかりいますよ。
「この大所帯で北を目指すとなると頭が痛いです」
「西の焼け落ちた街を、知った行商人が訪れています。人間はその者に預けようかと。外見を整えただけでは使い物になりませんので」
さして興味もなさそうな、感情の乗らぬ声で淡々と語る。
聞きようによっては冷酷とも捉えられよう。
あれほど過激な手段を使って手駒にしておきながら、イシェルセナは彼らに重きを置いていない。
本当の選別はその先で、か。
今はまだ網にかかっただけということなのかもしれない。
「……迂闊ではありませんか。それを私に話すのは」
「師であればこそ問題はないと考えています」
なにを言っているんでしょうかね、このお嬢さん。
まあ確かに、私がこの話を誰かに漏らすなんてことはありませんよ。
そんなことしたら後が怖いもの。
あなたなら、私を陥れる材料なんていくらでも持っているんでしょうしね。
ああ、なるほど。
これもその材料のひとつな訳だ。
どうも私、共犯者に仕立て上げられてしまった様です。
実際にはまだで、秒読み段階かな。
もう外堀は埋まっているから大丈夫と、そういう意味ですか……。
なんなのだろうな、これは。
流石にここまで徹底されると奇異に感じる。
私ごときを相手に、どうしてそこまでする必要がある。
この娘にとって私は、それなりに使える手駒くらいの認識だろう。
出来る限り高く買ってもらおうと賢しく立ち回ってみてはいるが、地力に差があり過ぎる。
足下にも及ばないのはもはや明白だ。
なのにこれでは。
イシェルセナの私に対する行動から感じられるのは、執着……いや、そいつは妄言に過ぎるか。
私だからこそというものが無印以外に思い当たらない。
けれど無印だからなんてのは理由としてはあまりにも弱い。
無印の存在は、それこそ穴倉に放り込まれるような子供ですら知っている。
数は多くはないのかもしれないが、この娘の情報網を以てすれば容易く見つけ出せるはず。
当人には無印を察知する能力まである。
ではなにか、それほどまでに警戒されていると?
なぜ、理由が分からない。
この娘に比べれば、私なんて凡俗だ。
なにひとつとして勝っている部分がない。
いや、ひとつだけあるか。
偽りのものではあるが、身分だけはこの娘より勝っている。
まあそれが警戒する理由たり得るかと言うと、まるで足りんよな。
扱いやすい人間を得るのが目的と考えても、それなら獣人を使えばいいわけだし。
分からん。まるで分からん。
完全にお手上げ状態である。
この辺りで立場を明確に示しておいた方が良いのかね。
結果だけ見れば、売り込むのに成功しているとは思うのだ。
共犯者に仕立て上げられるというのも、それだけの関心が私に向けられているということの証左である。
重きを置かぬ相手を縛るのに、自ら危険を負ったりはしないだろう。
一蓮托生と言うにはあちらが遥かに有利だが、付け入る隙ができたのは間違いないのだから。
いやまあ突いたりはしないけど、事実としてね。
だがそうした札を私が握ることになったというのは、今後の関係に影響がでるかもしれない。
共存を望むのなら、下手な欲は出さずに早々に折れて下手に出た方が良いな。
評価は多少落とすことになるかもしれないが、ここまで来れば誤差だろう。
覚悟を決め口を開く。
「それは事実その通りなのでしょう。私はあなたに敵視されることをなにより、心の底から恐れていますから」
「ふむ? 失礼。私の聞き間違いでしょうか。今、恐れていると口にされた気がしたのですが」
「はい、私はそう申し上げたのですよ」
「……はて。イラ殿であれば喜んで下さるかと思ったのですが、そうですか。いえ、私にはイラ殿を害そうなどという考えはありませんよ。こればかりは信じて……下さりませんか。困りましたね」
まてい。確かにそんな言葉で信じられようはずもないのだが、その様な危険な感情を顔に出したりはしてないぞ。
にしても不味いな。墓穴を掘った感がある。
「いえいえ。イシェルセナさんがそう仰るなら、私は信じますよ? 必要ならば魂の誇りに誓っても構いません」
イシェルセナは俯き、そして背を向ける。
「その様に容易く誓いを為すべきではありません。そうまで仰るのでしたら、誓いなどなくともそのお言葉を信じましょう」
淡々と言って、再び先を歩きはじめた。
おや簡単に使いすぎですかね。
あなたが相手であれば、使うだけの意義はあると思うのだけれど。
本当に信じて貰えたのかは疑問が残るところだが、ああ言ってくれているのだから今はそういうことにしておこう。
これ以上、墓穴を深くするのもな。
それからは、この話題に触れぬ様にしながら近辺の魔物を狩り、夕飯の材料とすると共に安全を確保して野営地に戻った。




