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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第6章 『大逆の産声』
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80.暗躍の臭い

 私は薄情な同僚たちと別れ、隊商の陣の端にある割と大きな天幕へとやってきた。

 獣人のものよりも外れにあるというのが、その扱いを物語っている様だ。

 それを言ったら我々の天幕は、陣どころか宿営地の外れも外れに遠ざけられているのだが。

 仕方ないね、黒の民だもの。


「イシェルセナさんは居ますか?」


 天幕の入口に立ち声を掛けると、中からはすぐにはいと肯定の返事があった。


「……あの、入っても構いませんか?」


「これは失礼しました。ふふふ……どうぞお入りください」


「ではお邪魔します、っと」


 入口の幕を潜って天幕に入ると、すぐそこにイシェルセナが頭を下げ立っていた。

 腹部の紋様のお陰で、なにやら近づいてきているのは知っていた。

 けれど、なんで頭なんて下げてるんですかこのお嬢さんは。

 立場的には本来逆でしょう。


 この状況は、あまりよろしくない。

 身分こそ奴隷で、行動でもそう示してはいるが、この娘は本質の部分で奴隷ではない。

 むしろ逆、他者を使役するものとして見ている側の人間だ。


 出会った当時からしてそうだった。

 今でもケッゼイ殿に知られぬまま獣人の護衛を率い、教派のためと偽って奴隷を買い入れている。

 迷いなく頭を下げられるからと言って、そこに悪感情が乗らないとは限らんのだ。


 なにか間違えたのだろうか。

 声に震えが混ざらぬように慎重に言葉を作る。


「どうしたのですか、そんなところに立たれて」


「いえ、こういう場合は出迎えるのが礼儀なのかと思いまして」


 違ったようですね。外まで迎えに出るのが、ふむこちらが正解でしたか。などと小声で呟いている。

 わざとやっているに違いない。

 聞こえたのではなく、聞かされた。

 その証拠に黄金の瞳は私をじっと見つめている。


 しかしなんで気づくよ。

 意図は察せられたから、表情は動かさないようにしたんですけど。


「意に沿えぬ蒙昧なこの身に、挽回の機会をお与え頂きたくございます」


「挽回だなんて大げさですよ。それになんですか、それではまるで私が罰を与えたがっているみたいじゃないですか。私はイシェルセナさんの主ではないんですから、細かいことにはこだわらず気楽にしてください。ケッゼイ殿とも約束を取り交わしましたでしょう、『互いに礼節については最低限で良しとする』と。ただそれはそれとしまして……後学のために、他の方がこの天幕を訪れる時はどのように振る舞われているのかお聞きしてもよろしいでしょうか。田舎の街の出身なもので、周りに奴隷は居なかったためそうした作法には疎いのです」


 外野の耳を考えて言葉を付け加える。


 こうして会うのも、思ったより不便が多い。

 表向きの言葉で語らねばならないため、どうしても迂遠な言い回しが増える。

 面倒なことだ。

 が、死活問題なので手間だからと切り捨てることもできない。


 結界を閉じている時は本当に貧弱なただの人間に成り下がるからな、私。

 察知できる距離が著しく狭まるため、敵地の只中で話をしているくらいの気持ちでいなければならない。


「知識としてはそれなりの種類を知っていますがここでは、そうですね……そもそもケッゼイ様を除くと訪れる者がまず居りませぬ故、偏った経験となりますが。ケッゼイ様は訪いの声と共に入って来られます。他の方は確か、外で用件だけ仰って帰って行かれたはずです」


「えっと……この隊商に入る以前はどの様に?」


「……おぉ。私の場合、このいずれかしか経験したことがないようです。お役に立てず申し訳ありません」


 頭を下げようとするのを不要ですからと止める。


 闇月の徒であれば身分はそれ即ち信仰だ。

 行為がそれに則ると言うのであれば、闇月の僕たる己はそれに従う他に選択肢はない。

 ケッゼイ殿の提案はあるが、それはそれである。

 あまりに奴隷に寛容な態度は大衆に好まれないし目立つ。

 イシェルセナと接触する。それだけでリスクを負っているのだ。

 ならばその他では極力、隊の人間におもねるような行動を心がけねばならない。


 気にかかるのはイシェルセナの心証だが、私が人間として振る舞うことをその思惑はどうあれ容認しているのであるから、立場に準拠した行動を取る分には、不満は最小限で済むだろう。

 希望的観測に頼るのか、怖いねえ。


「では次からはその様にしましょう」


 私はそう言って話題を切り上げると、ここに来た目的を話すことにした。


「街道の先で魔獣が現れたそうです。その件で参ったのですが」


「話はケッゼイ様から聞き及んでいます。商家の方々が情報収集に奔走しているそうですね」


「いえ、私は出立が取り止めになった理由しか聞いていないのです。けれど実に理にかなった動きだと思いますよ。護衛の皆さんは兵士に過ぎませんから、使ったところで得られるものもたかが知れています。発案はゴドル殿ですね、ケッゼイ殿にはない発想です。あの方は軍人のようですから、良くも悪くも」


「でしたら、もう少し待たれてみてはいかがですか」


 しれっと言いおる。

 ゴドル殿が結果を出すのを待つ、という意味ではよもやあるまい。

 イシェルセナのこの態度は、落ち着き過ぎている気がする。


 避難民が出るほどの魔獣災害が起きているのだ。

 規模や状況によっては、少々不味いことになるかもしれない。

 ムドヤハサにとっても面白くない流れであろう。

 イシェルセナとて仮にもその下で働いている身、他人事ではないはず。

 動じないだけの情報は得ていると見ていい。


 もしやすでに手は打たれており、事態は終息に向かいつつあるとか?

 ならば伏せておく意味は薄いか。

 周囲の耳を気にしている?

 なにかの誘いという線も……この娘なら十分有り得る。


「この場で待たせていただいでも構わないのですか?」


 あの、無言で見つめられると怖いのですが。


「どうも私の思い違いのようですね。出直してきます」


「いえ。ここで待たれるのがよろしいかと。興が乗りましたので、時間まで他ではあまり見ることのできぬ芸にて歓待しましょう」


「芸、ですか?」


「左様です。未だ父と兄にしか見せたことはありません、ですがとても好評なので」


 イラ殿にも楽しんでいただけると思います。なんて言っておられますがね、あなたの父と兄ってあのふたりでしょう。

 嫌だよそんなもの。

 ロクでもないに決まっている。知りたくもない。


 すでに首に縄がかけられている様な状態なのに、手枷足枷までつけるつもりですかあなたは。

 ヤメテーヤメテー。


 そこに立っておられると危ないのでこちらにどうぞと、天幕の奥の机に案内される。

 奴隷が使うにはしっかりとした机ですね。これはご丁寧に椅子まで引いて……なんだか楽しそうですねお嬢さん。


 あぁ、私は帰りたいよ。


 イシェルセナの機嫌が良いことは、己が安寧のためには喜ぶべきことであるはずなのに、私はどうしてもそう思わずにはいられなかった。


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