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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第6章 『大逆の産声』
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77.偽りし者たち

 釣るのに少し時間がかかるかもしれないと残し、私は天幕を出た。

 すでに陽は地平線に沈み、辺りは夜の帳が下りている。


 暗いな。

 天を仰げば赤の月が仄かに夜気に紅を滲ませている。しかしそこに精彩はない。

 天上の闇に潜む漆黒の月が、赤光に墨を滴らせているのだ。


 いや、逆だな。

 夜を闇に塗り潰さんとする黒光の月の世界を、赤の灯明が導き照らし出している。

 闇月の僕としてはかく思考すべきだろう。


 焚火を囲み談笑する人々の姿が並ぶ天幕の合間に窺える。

 なんとも長閑な空気だ。

 旅の身にとっては、土地の困窮はどこか他人事な所があるからな。

 私にしても、そりゃあ目の前に飢えて死にかけている子供が転がっていれば思うところはあるが、だからといって構うほどのことはない。


 ヘンビクフラに限らず、クーベにしてもドートレンにしても、そうした者たちは少なからぬ数が居たのだ。

 旅をしていればそんなことにかかずらう無意味さを早々に悟る。

 物価の変動や治安の悪化は確かに大事である。

 ただそれはまた別の話であるし、この場に居るような者たちの中には、それを商機と見ている連中も多いに違いない。

 私も同じだ。治安の悪化は、護衛として潜り込む一助になったであろうからな。


 さて、その目的のためにも動くとしますか。


 魔力で感覚を研ぎ澄ませる。

 天幕の周辺に潜んでいる監視者の他に、こちらへ注意を払う者がいないことを念を入れて確認しつつ、宿営地を取り囲む林へと足を向ける。

 不快な魔の気配は、立ち並ぶ木々のその奥から感じられていた。


 林に踏み入る。

 天幕を見張っていた者達は、私が林に向かうのを見てもなんら反応を示さない。

 予想通りだ。

 誘うように距離を取った気配を追っていくと、やがて農地へと出る。


 足跡を残さぬよう気を配りながら畦道を進む。

 農地に点在する林のひとつ、最も宿営地から近いそこでイシェルセナは足を止め、私を待ち構えていた。

 より厳密には、いるようだ。


 胸の悪くなるような奇怪な紋様と、そこから少し上に捩じれた角の形をした対の揺らぎが、木立の合間に浮かんでいる。

 だがそれだけ。

 魔力操作をすべて探知に費やしても、そこにイシェルセナが存在する確証を得ることができない。


 魔法、か。

 聖印の位置に揺らぎが見えないが、相手は魔法種だ。

 人間とは発現の仕方が異なるのだろう。


 この見えるというのも正確ではないな。

 魔法の痕跡たる揺らぎも、どうやら視覚を介して認識しているわけではないらしい。

 目を瞑ろうと、そこにそれが在ることが分かる。

 脳に直接画像が流し込まれているみたいで、なんともまあ気持ちの悪い感じだ。


 畑を抜ける風が、横合いから吹き付ける。

 まだ冬の名残を感じる冷たい風だ。

 魔法の気配も相まって、寒気に身震いしそうになる。

 役には立ったが、ちと煩わしい。


 しかし、ここまで来てはみたもののどうしたものか。

 もう畦道も終いだ。


 誘われていたのは間違いない。

 イシェルセナが足を止めたこと。

 監視が宿営地からこちらに動かないこと。

 加えるならこの場所は、宿営地を囲む林によってあちらとは物理的に隔てられている。密会にはうってつけだ。


 だが、これはどういうことかな。

 ここまで完璧な隠蔽を施されていては、普通は気づくことができない。

 気づけなければ誘いにもならない。


 まさか、それでも気づくと踏んで……。


 イシェルセナ相手に実力を伏せるのは愚行だ。

 私はこの娘に『使える奴』と認識してもらわねば困る。

 危険を冒してでも手元に置いておく価値があると、そう思わせねばならない。


 ただな、過大評価されるのもよろしくないのだ。

 凡人なのでね。

 期待されて幻滅されて、やっぱり違ったと消されるくらいなら、最低の評価で使い道を模索してもらった方が、やり辛くはなるが遥かにマシだ。


 ああそうだ、私は凡人なのだ。

 距離が詰まれば察知できると考えて動いたのだが、己の力量を過信していた。

 人間ごときを相手に修羅場をくぐり抜けて慢心したか。

 身の程も知らぬ愚図め。


 止まりかけた足を前に踏み出す。一歩二歩と。

 そしてそのまま木々の間に立ち入り、真っ直ぐ魔の痕跡へと足を踏み出し――。

 イシェルセナの見開かれた黄金の双眸が、虚空より露わとなった。


「消魔結界……失ったものとばかり」


 茫然と呟いてから、思い出したように金属板を取り出し眺める。


 是非もなしか。

 これについてはクゥはもちろんキースとて納得してはいない。

 結果をなんとか呑み込んでいるだけ。

 あの日の誓いがなければ、なにを言われていたことやら。


 だが、だ。この娘を相手に隠し続けるには利が薄いのだよ。

 私の異物たる所以をこの娘はすでに知っている。

 なにを考えているのかはまるで分からないが、その上で私を生かそうというのであれば、駆け引き目的でこれを隠して後に心証の悪化を招くのは下策であろう。


「その件で、私はイシェルセナ様にお許しを請わねばならぬ儀がございます。穢れた黒の民でありながら身分を偽り、イシェルセナ様に数々の無礼を働き、あまつさえその身を辱めるような行いを強いてしまいましたこと、平に伏して」


「イラ殿」


 膝を着こうとしたところを有無を言わせぬ、静かながら力のある声に止められた。


「私はイラ殿が何を仰っているのか理解しかねております。消魔結界を持たぬ黒の民など存在しません。私は鬼で、イラ殿は人間。何ひとつとして詫びる必要のある行いは為されておらず、そもそも詫びなど考える必要すらないではありませんか。おおもしや昼間お手に触れましたのはやはり身の程を弁えぬ不敬でありましたか、どうかお許し頂きたい。遅きに失しているかも知れませぬがここで改めて深く謝罪を」


 逆に膝を着いて見せようとするので慌てて止める。

 止めて。本当に止めて。


 瞼は半眼に伏せられ、まるで値踏みをするかの様。

 笑みの欠片すら浮かばぬその表情からは、今の言葉が冗談であるのか本気であるのかまるで判別がつかない。

 まあ感情が表に出ていたとして、今度はそれが本当か疑わねばならないのだが。


 胸の内で溜息を漏らす。


 その内心が額面通りとは限らないが、今は言葉の通り受け取っておいた方が良いのだろう。

 身分の詐称なんて神判ものの大罪を、膝を着いてまでなかったこととして流そうとする娘だ。どうせ私が人間であることの利を勘定した上で、身分の逆転を呑んでいるに違いない。


 この世界の住人が想定しない、数少ない私の武器だと思ったのだがな。

 この分だと、私がそうと理解していた利の、その更に先まで見据えていそうだ。

 自分で想像しておいてなんだが、おっかねえなこの子。


「承知しました、イシェルセナさん。お心に沿って、以後は昼間述べました通りイラとしてあなたに接しましょう。ですが私の振る舞いに不満がありましたら、いつでもお申し付けください」


「イラ殿は……いえ、なんでもありません」


 だからそういう思わせぶりなの勘弁してくださいよ!

 聞き出したいが、それで不快に思われてはたまらない。


「つかぬことをお聞きしますが、イシェルセナさんはここでなにを?」


「イラ殿がこの場に居られる、それ以外に答えがございましょうか」


「それは私があの隠蔽を掻い潜ってあなたの誘いに気づくと、そう言っているのに等しいのですが……やはり、私は計られていたのですね」


「気を悪くされた様で申し訳ありません。どうか怒りを鎮めていただきたい」


 嫌だな。

 怒りだなんてそんな分を弁えない感情は抱きませんって。


 確証は無かった。昨日自分を見出すまでの迷いのなさからもしやと思った。などと弁明を繰り返している。

 弁明だと思う。

 なぜ私ごときを相手にこうも下手に出るのかよく分からない。

 私が人間であるのは、あくまで外向きの話なのだ。


 しかし気になる部分もある。姿を見せるよりも先に、私の接近に気づいていたという点だ。

 イシェルセナは無印を察知できる……可能性のひとつとして考えてはいたが。


 問うてみれば、言葉を濁しながらも肯定する答えが返ってきた。

 それだけ知れれば十分だ。

 深くは追及しない。藪を突いて蛇を出したくはなかった。


「イラ殿のそれは……今でなくともよいですね。幾つか伝えておくべき由があり、今宵はお誘いしました。共に動かれるのであれば、知っておいた方が良いでしょう。この隊商についてです」


 それから隊商について幾つかの情報を明かされた。

 これには、人員の所属も含まれていた。


 本当に最低限の情報のやり取りだけをして、その場は別れた。

 今でなくともよい。

 その言葉に全てが込められている気がした。


 どうやら、私は無事最初の難関を乗り越えることができたらしい。


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