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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第6章 『大逆の産声』
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76.世界の高きを垣間見る

 ラクハサ――本名をイシェルセナと言うようだが――との模擬戦闘による能力の確認を終え、私たちは天幕へと戻っていた。

 隊商と行動を共にすることに決まったわけだが、天幕は元の場所のままだ。

 黒の民の使う天幕だからな、迂闊な場所には移動できない。


「熟練の戦士と戦ってみてどうでしたか?」


「己の未熟さと人間の脆弱さを知ったよ。あれだけ技量に差があっても、戦場で出会えば勝つのはオレだ」


「群れていようと?」


「ああ。こっちも集団だろ。数的劣勢でも倍程度は余裕だろう」


「言いますね。では……夜叉族(ヤーシュ)と戦ってみてどうでしたか?」


「最悪。最低。なにあれ死ねばいいのに。ホントやだ。あれと仕事するとか冗談。同じ空気を吸いたくもない」


 脇からクゥが早口で捲し立てた。


「なんだか懐かしいですね。私もよく似たようなことを言われました」


「言わないだけで今も思ってるから」


「これは余計なことを言ってしまいましたね」


 クゥが敵意を抱くのも、まあ分からないではない。

 昼間行われた模擬戦。結果はクゥの惜敗だった。

 一見すると。


 あまりに次元の異なる戦いぶりに、ケッゼイから離れ結界の抑えを外し、魔力操作を総動員して成り行きをつぶさに観察した。

 人間程度の感覚のままでは、まともに状況を掴めなかったからだ。

 だがその甲斐あって断言できる。


 クゥは必死に食い下がってはいたが、展開は終始イシェルセナが主導権を握っていた。

 ばかりか、彼女はなにか試す様な、そんな素振りで模擬戦に臨んでいた。

 圧倒することはないが、窮地に陥ることもない。

 解放を使うクゥを相手にして、明らかに実力を伏せていた。


 人の目を意識してのことかもしれない。

 見せるべき程度を推し量っていたのかもしれない。

 ただそれは、相手をしていたクゥにしてみれば酷い屈辱であろう。

 戦いにおけるそうした感情の動きに、イシェルセナが気づいていないというのが意外であったが、卓越した実力とは裏腹に実戦には慣れていないのかもしれない。


 それにしても、種族の格の違いと言うものを思い知らされる。

 あるいはだからこそ、戦いに価値を見出していないと見ることもできるな。


「自信失くすぜ、あの夜叉族とやると。ケッゼイのおっさんにやったのを数倍にして返された気分だ」


「折れないでくださいよ」


「くく。折れねえよ。それに、あのおっさんとやれたのは良かった。純粋に剣の技量で負けたのはいつ以来だろうな。なあヤ……イラ」


「なんですか、予想はついてますけど聞きますよ」


「おっさんとまた手合せしてもらえるよう上手く運んでくれねえか?」


「まあ、期待せず待っていてください」


「2人ともなにも分かってない」


 そんな私たちの軽口をクゥは切り捨てる。

 声に混じるのはやはり焦り、だろうか。


「あの女、絶対におかしい。普通じゃない。だってあたし、思い出しただけでこんな、手が震えるほど……怖い」


 まさかと絶句してしまう。

 それほど奇異な光景だった。


「……悪い、フーリ。気づいてやれなかった」


 小さな肩を抱きしめる。

 キースの腕の中で震えるクゥは、歳相応のか弱い少女に見えた。


「ごめん。あたし弱くて」


 今にも泣き出しそうな声。

 しかし悪いが、そういうのは後で2人でやってくれ。先に確かめなければならないことがあるんでね。


「クゥ。なにがそれほど怖いのですか。あなたを追い詰めたザイネルに対しても、それほどまでの怖れは見せていなかったでしょう」


「あの火傷顔は強かった。動きに無駄がなかった。剣の腕はあたし以上だし、消魔結界の中で魔法まで使ってみせる化け物だった。あたしよりもずっと黒の民のことをよく知ってる。だからあたしは勝てなかった。でもあの女は違う。動きはあたしの方が早かったよ。剣筋は適当だし、力だって足りてない。魔法だってロクに使ってない。それなのに、あたしの剣はまるで届かなかった。意味分かんない」


 そういうことか。

 やはり、あの娘は変わっていないな。

 と同時に恐ろしさも感じる。


 私の想像とは異なり、クゥは屈辱を感じているわけではなかった。手を抜かれたという認識すらない。

 故に理解できないものとして恐れている。

 その恐怖はよく分かる。

 だがそれを私の口から告げることは出来ない。


 私が気づけたのは、初めからそうした可能性を念頭に置いていたからに違いない。

 戦いに慣れていないなどと勝手な解釈をしてしまったことは、猛省せねばなるまい。


「世界は広く、未だ我々の知らぬ暴威が犇めいているのですね。クゥ。あの娘も私と同じように仕方のないものと諦め、耐えてみてはくれませんか? これから先、どれほどの強者と出会うとも知れません。高みにある彼らと間近に接するこの時間は好機と、そう捉えることは出来ませんか?」


「そうしないとあの火傷野郎には勝てないって言うんだ。嫌な奴」


「オレも良い機会だと考えてる。戦場に立ってから後悔しても遅いからな」


「分かってるよ」


「承知のこととは思いますが、あの娘はムドヤハサの手の者です。それに指示を出す立場にあるケッゼイも間違いないでしょう。あの2人にはくれぐれも注意してください。他は中央と繋がりを持たない雑兵と思って良いかと」


「昨晩言ってた監視は?」


「それあたしも気になった。紹介された中に居たの?」


 別方向に意識が向いたお陰か、いくらか冷静さを取り戻したようだ。


「イシェルセナさんと同じく、裏の護衛と考えておけばよいと思います。どうも人間ではなさそうでしたから……というかですね、もしかして2人は」


「気づけなくてすみませんねえ」


「こっち見んな矮小」


 人様を短小みたいに言うんじゃねえよ。せめて顔を見ろ顔を。

 しかしそうか。思ったより優秀な手駒を持っている。


 それでもエムリなら気づけただろう。

 あの子は、フィオ以上に私の弟子らしい弟子だったからな。

 戦って死ぬなんてらしくないことしやがって。送ってやることすらできなかったじゃねえか。


 ……心残り、か。

 いかん。いかんな。雑念に惑わされるとは。

 雑念だ。私たちが生き延びる上で不要のものだ。


 にしても、さっきからちらちらと悪寒が感覚を掻き乱す。

 イシェルセナだ。こんなおぞましい気を垂れ流す者が、あの娘の他に早々居てたまるか。

 あんなのが跋扈する世界だとしたら、私は本気で辺境に逃げるぞ。

 いやもう魔境に逃げ込んだっていい。


 しかし……居るのは分かっているのに、まるで索敵に引っ掛からない。

 魔法による隠蔽か?

 素で気づけないとしたら、能力の差が大きすぎて厄介だな。

 この気配がある限り、私から身を隠すのは不可能であろうが。


 威力偵察でもしてみるか。


「仕方ありません。私が挨拶をしてきましょう」


「本気か? と言うか今も居るのかよ」


「居ると言えば居る。居ないと言えば居ない。といったところです。ふふ……そう気を悪くしないでください。昨晩の感じからして、深く探りを入れる気はないと思いますよ。ただあちらとしてみれば私たちは素性の分からぬ浪人ですから、得られる情報があれば得ておきたいのでしょう」


「オレで足りるか? クゥも?」


「1人で十分ですよ。黒の民が出ては警戒されてしまいます。そうですね、名前だけ借りることにしましょう」


「まーたお前はそうやって。……危険はないんだな?」


「クゥが暴れれば、イシェルセナさんが動く頃には隊商は壊滅です」


「そいつは、くく。なんとも丈夫な命綱だ」


「でしょう?」


「行ってこい。もしもの時は骨に祈ってやる」


「お気遣いどうも。でも肉も皮も付けたまま帰ってきますよ」


「そいつは残念」


 立ち上がり軽く蹴りを見舞ってから、私は天幕を後にした。


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