74.交渉と秘策
翌日、隊商の人間に聖章を見せ、護衛の件でと責任者に取り次ぎを頼むと、存外あっさりと面会の約束を取り付けることができた。
場所は昨日ラクハサが入って行った商店。
時間になったので店に向かうと、やや緊張感漂う空気の中、個室へと案内された。
いや緊張しているのは私も同じ、あるいは上かもしれないな。
なんせ、案内された個室の隣からはあの怖気の走る気配を感じるのだから。
驚きはしない。想定もしていた。
滞在先に押し掛けるのではなく、相手方に時刻を指定させ、準備を整えるだけの時間を与えたのだ。狙ったとすら言える。
だから緊張はしているが、慌てる必要は無い。
言い聞かせるようにして心を落ち着ける。
ラクハサが来ているとなれば、途中見かけた用心棒らしき武装した人間たちも、隊商の護衛と見て良いだろうか。
私を警戒しているようだ。
が、それでいい。
存分に警戒してくれ給えよ。その方が、我々の存在価値を隊内に周知させやすいというもの。
個室でソファに尻を預け、出された茶を前に待つことしばし。
ノックの音に続き、目端の利きそうな小男と強面の壮年の男が入ってくる。
2人とも見える場所に闇月の五戒の聖章を下げている。
ラクハサは隣の部屋から動いていない。
私は立ち上がって頭を下げこれを迎えた。
「この様などこの馬の骨とも知れぬ旅の身に、わざわざお時間を割いていただきまこと感謝の念に堪えません」
「頭を上げてください。聞くところに寄ればあなたは五戒の僕であるとか。志を同じくする者と旅の中で出会い、こうして語り合う場を得られると言うのもまた、闇月の徒である私にとっては掛け替えのない時間であり、喜びでもあるのです」
促されるまま頭を上げ腰を下ろす。
互いに名を告げる。
小男が隊長で責任者のゴドル、強面の男が護衛の長でケッゼイと言うらしい。
この世界、呼ぶときは姓ではなく名を用いるのが礼儀だ。
姓名合わせて呼ぶのがより礼儀正しい作法だが、まあよほど上流の人間でなければやらない作法だ。
下々の者には苗字がない人間も多いのでね。
親しい間柄になると真名から愛称を作って呼んだり……キースの名はゾライデの方から取るのもアリだったか。
後で考えておこう。
先のお題目通り世情について信仰を交え軽く情報交換をし、こちらが十戒の僕となるべく師を求め旅をしている話を終えた辺りで、ゴドルはそう言えばと本題を切り出した。
「護衛の件で話があると聞いていたのですが」
部屋の温度が少し下がったような気がした。
ゴドルは先程からにこやかなままだ。ケッゼイの纏う空気に鋭さが増した。
牽制のようなものだ。
わざと見せてこちらの様子を探っている。
それなりにやるようだが、やはり人間だな。解放を使ったフーリ、もといクゥの威圧に慣れている身からすると、そよ風のようなものだ。
とは言え今の私は旅で多少荒事には慣れていても、ただの弱い人間に過ぎない。
ちらちらとケッゼイの顔色を窺うようにして、ゴドルの問いに答える。
「実は私、ゴドル殿の隊の護衛の方々の中に、鬼族の奴隷の姿があるのを偶々見てしまったのです。ああ、おふたりともそう怖い顔をなさらないでください。私は鬼族に対しなんら含むところはありません。鬼族を奴隷として扱うのも、闇月の徒であれば至極当然の事でありましょう。ただ私は少し心配になっただけなのです」
「妙なことを仰いますね。心配、ですか?」
「ええそうです。その通りです。ご両人のそのお顔から察しますに、護衛として鬼族を連れているのは伏せてこられたことなのでしょう。そうされてきたお考えは私のような小人でも想像に難くはありません。鬼族を護衛として使うとなると、隊の扱う荷はさぞかし貴重、ないしは重要なものなのでしょう。ああ先に申しておきますと、私はまったく積荷になど興味はありません。ですからどうか剣の柄に手を置くのは止めて頂けないでしょうか」
「お主が言いたい心配というのは、鬼族を連れていることが露見した場合、積荷に危険が及ぶのではないかということか」
「いえ、ケッゼイ殿そうではないのです。そちらはもののついで。おまけみたいなものでございます。私が危惧しておりますのは、世にも珍しい鬼族の奴隷そのものにございます」
「ほう」
「ひっ」
「――っ! すまない。アレは我々の貴重な戦力故、少々取り乱した」
今、ラクハサの居る辺りで魔法の気配が増えたな。
なにかしたのか?
まあいい。手を貸してくれると言うのならば借りておこう。
「謝る必要はありません。こちらこそ軽率でした。ですがならばなおの事、私の懸念はお耳に入れておいた方がよろしいかと思うのですが。どうかお怒りにならず話を聞いて頂けますでしょうか?」
「無論です。ケッゼイ殿もよろしいですね?」
「はっ。醜態を晒し申し訳ありませぬ」
「イラ殿、続きをお聞かせ願えますかな?」
「はい、心配というのはですね。世の人は、鬼族を奴隷としてどのように屈服させているのか、知りたがるのではないかということなのです」
ゴドルが笑みの表情のまま固まり、ゆっくりと首を捻り心なしかねばついた、懐疑の籠った視線でケッゼイを舐めた。
ケッゼイの方は完全に思考が停止している様子。
ふむやはりラクハサは奴隷として使役されているわけではないようだ。
それに隊長の方は完全な雇われ商人か。
ゴドルがケッゼイの名を呼びかけているが反応が薄い。
む……また魔法の気配。
「あ、ああ。ゴドル殿。済みませぬ。それは、なんと言うか、我々としても秘すべき事柄にありますれば。ゴドル殿にも明かすことは……ではなくてですな。我々も上から戦力として借り受けているだけなのですよ。どの様にと問われましても、闇の月の思し召しと申しますか、アレも聖章を授かる身でありますから」
危機管理能力低すぎだろう。
ラクハサの能力の高さを頼みに、露見しない前提で動いているのかもしれないが。
いや、まさにその通りか。
あの娘なら保険も用意してあっただろう。使わなかったのは相手が私だからだ。
というかゴドルはなにやら納得顔だが、それでいいのか?
聖章を持つ意味ってそこまで大きいものなのか?
「おい貴様。要らぬ妄言でゴドル殿を……失礼。貴殿の懸念は、うむ、もっとも……であろう?」
言葉を探してるな。ラクハサに配慮しているのか。
しかし監視を思えばもう少し強気に出てくるかとも思ったのだが、あれは別筋かもしれんな。
交渉の札として使うのは止めておいた方がいいかもしれない。
「そこで提案なのですが。我々を護衛として雇ってみませんか?」
「旅の身とは聞いていましたからね。同道を望んでいるのではと思ってはいましたが、護衛として雇う、ですか。それも我々……」
「そうです。我々、と言いますか私の旅の道連れを、ですね。私は雑用でもなんでも構いません。同行させて頂ければ幸い。このご時世、3人の旅は辛くて辛くて。野盗には追い回されるわ、兵士には路銀を巻き上げられるわ。どこか大所帯に身を寄せたいと思っていたのです。ただ、私の旅の連れが少々訳ありでして」
「そんな訳ありを雇い入れる価値が、私たちにはあると」
「はい、それはもう。実は私の連れと言うのが、黒の民なのです」
2人の目に剣呑な色が灯った。
まあ当然だ。黒の民は通常、大勢力の管理下に置かれる。
黒の傭兵などと呼ばれてはいるが、その活躍の場は戦場を置いて他にない。
ロムニスでの仕事も、黒の民の常からは大きく逸脱していたのだ。
まして個人で護衛として雇うなんてのは有り得ない。
国や都市を背後に持たない黒の民というのは、つまるところ逃亡兵なのだ。
輸送中に魔物に襲われるなどの事故で逃げ延びたとしても扱いは同様。
それを連れて歩くと言うのは、もう灰色ですらなく黒だ。
ただまあ、こちらには隠し玉がある。
「以前、野盗に襲われていたところ命を救われ、それから彼らの事情を聞いて共に旅をしているのです。と言いますのも実は連れの片方が札付きでして。闇月の僕たるこの身としましては、これも導きと思い、地位ある方にお引渡ししなければならぬという責務を痛感しているところです。それでもやはり、黒の民を連れているとなると厄介事は増える一方で」
「札付きに命を救われましたか。導きとイラ殿が考えるのも、至極もっともなことに思えます」
「ふむ。黒の民を使って鬼を抑えていると、そう見せるわけか。札付きであれば理由づけも容易い」
「ケッゼイ殿、如何でしょうか。ここは」
「うむ。そうですな……先にその黒の民らを確かめたいのだが。イラ殿、それでよろしいか?」
「それが互いにとって最良かと思われます。連れは街の外で待たせていますが、今から向かわれますか?」
「いや。外にある我々の天幕に連れてきてはもらえまいか」
「承知いたしました」
ここまでくれば拒否されることはあるまい。
時間を置いたのはラクハサに確認を取るためと推察できる。
隊長は雇われ、護衛長は司令塔。最上位はラクハサ、といったところか。
それとも他に誰かいるのかね。
ま、なにはともあれ今は指示に従いましょか。
逃げる算段だけは忘れずに。




