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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第6章 『大逆の産声』
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72.凡人の処世術

 なぜここに居る!

 不快な気配を辿った先で見つけた小柄な鬼族。あれは間違いなくラクハサだ。


 あの娘とこの国で別れてから、もうあと季節がひとつ変われば5年になる。

 私の外見も相応に変わっている。

 ロムニスに移る以前の、つまり私が目覚めるより昔の知り合いと道端ですれ違ったとして、私が私であると気づける者はまず居ないだろう。


 だがあれはおそらく、私が誰であるか気づいている。

 確信すらあるぞ。

 なんせ私を見て笑ったのだから。

 角まで晒して見せた。

 初見で私を無印であると見抜いた事となにか関係があるのではと推察するが、それは今は些細な問題だろう。


 疑問ばかり山のように浮かぶ。

 けれど今、私が考えるべきは1つしかない。

 あの娘がここに居る理由だ。


 偶然。最も有り得る想定に違いない。

 ラクハサの父親であるムドヤハサはすでにこの国にないが、未だこのヘンビクフラでは配下の者が動いている。

 状況証拠からの推察でしかないが、これはまあ確実と言っていい。

 ならば、ムドヤハサの配下であるはずのラクハサがこの国に居ることについては、何ら不思議はないということになる。

 我々のこの国での滞在期間もそれなりに長い。

 偶々かち合う可能性は十分にある。


 などと理性的に論じてはみたが、まるで説得力の欠片がないな。

 ラクハサと直に対峙したことのない者が相手であればそれで通用するだろう。

 けれどあの娘は少々常軌を逸しているところがある。


 有り得ない想像ばかりが膨らむ。

 例えば、私がこの国を訪れることをあの娘に見抜かれていた、とか。

 まさかと思うだろう。私もまさかと思いたい。


 前提として、ロムニスで事件が起きたことを知り得るだけの情報の収集・伝達能力が必要だ。

 加えて、私の生存を想定できるだけの情報量が求められる。

 これはムドヤハサの動向を探った感じ、有り得ると言える。


 だがな、私がこの国に居るという結論を導き出すのは、どう考えてもおかしいだろう。

 魔境も国境も越えている。

 正体に繋がるような情報も残していないはず。


 無印を見抜くなんらかの魔法的な力で以て私を見つけたのであればまだマシだ。

 そうでなく、こちらの行動を読んで網を張っていたのだとしたら……。


 いや、憶測ばかりが先行しすぎだ。

 冷静になれ。今の私はいささか感情に流され過ぎている。

 なぜここに居るのか。それは重要なことではあるが、真に重要なのはその先だ。


 ……違うな。まだ理性に徹し切れていない。


 この再会が偶然であれ必然であれ、ラクハサが私の正体に気づき自らの正体を示した。

 それがなにを差し置いても最も重要な事実、か?


 思わずあの場は逃げてしまったが、あのまま追いかけた方が……ないな。

 あまりにも浅慮な行いだ。愚劣極まりない。


 なぜなにも言わずに去った。

 追いかけさせるためという線は薄い。

 理由は己で言った通りだ。そんな間抜けな行動をあの娘が許すとは思えない。

 あの商店は言わば敵地だ。白を切られたらどんな歓迎が待っているか。


 その一方で、あえて姿を晒したことから敵対する意図はないと読める。

 馬車でのやり取りを思い出すな。

 あれは実に肝が冷えた。

 今も身も凍るような恐ろしさを禁じ得ない。


 意図を読まねばならない。

 下手を打てば消されてもおかしくない相手だ。

 事実、消すことは容易いだろう。

 相手は鬼族だ。それこそ赤子の首を捻るようなもの。


 ああ、本当に怖いな。もし敵と見なされていたら、今頃は首と胴がおさらばしていたに違いない。

 それはこれから先も、か。


 くく。なんだ、もう心は決まっているんじゃないか。

 らしくもない危ない橋を選んだものだ。

 だが我々が生き延びる上で、これ以上があるものだろうか。私は知らんね。


 ラクハサの主たるムドヤハサは、良くも悪くも歴史を動かす側の人間だ。

 多くの情報が彼の傑物の元に集まっている。


 もっとも私に選択肢などない。

 所在を掴まれた時点で、生殺与奪の権利は相手に渡ってしまっている。

 すでに首に縄がかけられているようなものだ。

 逃げ道の先は死地で、ただひとつの選択をすることを余儀なくされている。

 紛うことなき掌の上という訳だ。


 望むように動けず気分を害した果てに待つ未来はいかなものか。

 相手の感情ひとつで自分の命運が決まるかもしれない。

 私は黒の民で、あの娘は鬼だ。

 人の命の軽さは、嫌と言うほど思い知っている。


 困ったね。手が震えている。


 なにはともあれ、あの娘の機嫌を損ねぬよう手を尽くさねばならない。

 そのためにはやはり……情報だな。

 私はこの状況を正しく理解する必要がある。



 ◇◇◇



「そこの獣人のお嬢さん。はいそうです。あなたです。少しお話よろしいですか?」


 街奴隷の住む区画の近辺をうろつくことしばし。

 使えそうな獣人を見つけたので声を掛けた。


 街奴隷というのは……その前に奴隷について簡単に話そう。

 この辺りの街は奴隷が多い。

 世界がそうなのかもしれない。ここまで辿った国々では、どこの街でも奴隷の姿を見ることができた。


 ヘンビクフラの地方の街では、人口の凡そ3割が奴隷だ。

 それも女ばかり。

 これには理由がある。


 魔境の外縁部には往々にして亜人の村落が点在している。

 奴隷としてすべての亜人を管理しきれないという理由もさることながら、魔境に生息する魔物の目を引くための餌として、村の存続を許しているというところが大きい。

 数が増えすぎないよう間引きはされており、特に女の亜人は定期的に捕縛され、奴隷として都市部に運ばれては労働力として使われている。

 だから男の奴隷は貴重だった。奴隷全体の1割にも満たないだろう。


 女の奴隷は主に農奴として使われる。

 男は人夫や奴隷兵だ。

 奴隷兵には女の奴隷と子を成す権利が報酬として与えられたりもするのだが、それはまた別の話か。


 女奴隷を兵として起用しないのは、身体能力で勝る亜人に、戦闘技術を学ばせないためだ。

 反乱を恐れてのことだろう。


 性奴隷はいない。後述する理由もさることながら、奴隷の大多数を占める獣人や妖魔は、魂位信仰で人よりも獣や魔物に近いと考えられているからだ。

 地球的な感覚で言えば、動物と致してしまう変態さんとなる。

 さもなくば、忌まわしき黒の月の信奉者か。あそこだけは獣人も妖魔も人として扱っているからな。


 そして奴隷は、実は供給過多な環境にある。

 と言うのも、亜人の繁殖能力が人間を上回っているからだ。

 そんな亜人の女を幼子から片っ端に回収しているので、女児の死亡率が下がっている。


 育つのを待てばいいのだが、亜人は早熟な種も多いため、間隔が空いたりするとすでに子を孕んでいるなんてことになりかねない。

 ゆえに乳飲み子ですら回収し街の奴隷たちに世話をさせるのだが、これが増える増える。


 そうして奴隷に割り振る仕事が減りできたのが、特定の主人を持たない街奴隷だ。

 最低賃金が保障されていない、文字通り最底辺の日雇い労働者といった位置づけと考えればいい。


 なので色々と便利に使える。

 特に街の外からやってくる旅人にとっては。

 街奴隷にとっても、同じ街の人間に比べ羽振りのいい旅人は上客だ。


 おっかなびっくり、犬とも猫ともつかぬ獣耳を伏せながら近づいてくる年頃の女の子。

 年頃が幾つくらいかって?

 知らんわ。


 獣人の成長は人間と比べて早いので、外見から年齢を推測するのは難しい。

 成人に対する考え方も違う。

 人間で言えば成人は越えているだろうな。背も私より少しだけ高い。


「怖がらせてしまいましたね。これは性分なもので」


 腕に巻いた闇月の聖章を、袖をまくって露わにする。


「あっ」


 小さく声を漏らし闇月の祈りの形に手が組まれる。

 そこに不快を堪える様子はない。


「はいよくできました」


 財布から小さな硬貨を幾つか取り出し、祈りの手を解きながらそれを握らせる。


 手の荒れはきつくない。手の平も柔らかいな。

 肉もこういった場所の子供にしてはしっかりとついている。

 当たりだな。


「他の子供たちにも同じことができるよう、教えてあげてくださいね。そうすればもしもの時、闇の月から救いの手が差し伸べられるかもしれません。はい、よい返事です。ところで先程から私の様子を窺っていましたよね。そう怯えないでください。旅の身ですから、こうした場所はよく使わせて頂いているのです。それで、あなたは呼び込みだけでなく仲介もやっているのでしょうか?」


 空色の瞳が丸く驚きを表す。

 けれどしっかり頷くことは忘れていない。


 まあ私のような人間は稀だろう。

 用のある人間はこんな回りくどいことはしない。

 ただそれでは、外れを引く可能性も高いのだ。

 肉体労働であれば能力の差はさほど気にならないだろうが、今回は頭を使ってもらわなければならないので、奴隷は吟味しなければならない。


「あなたに仕事を頼みたいのです」


 少女は手の平の硬貨に視線を落とす。

 握らせたのは街奴隷の日当の倍ほどの金だ。


「ワタシ、紹介しかできないです」


「はい。頼みたいのはあなた向きの仕事です」


「わかりました。どういった仕事をさせたいんですか?」


「よかった。助かります。前金を渡しますね」


「えっ? もうお金、貰って」


「ああっ、さっきのは違いますよ。お金を押し付けて無理に仕事をさせようなんて思っていません。あれはあなたがきれいな祈りをされるので、ちょっとした気持ちです。できれば他の子にも広めてもらいたいという、若干の下心もありますが」


 ばつが悪そうに頬を掻いて見せると、少女の雰囲気がわずかに柔らかくなる。


「でも、そんなに貰えません。これだって十分な」


「違いますよ。私は私のためにお金を出すのです。あなたには長生きして欲しいですから。そうすればほら、闇月の祈りを捧げられる子供が、今よりは少し増えるに違いないじゃないですか。それは私にとっても幸いなことなのです」


「十戒の人、みたいです」


 私は僕としての笑みを貼りつける。


「はい、そうなりたいと願って旅をしています。手を……それで、お願いしたい仕事というのはですね――」


 少女には隊商の探りを頼んだ。

 どこから来てどこへ向かうのか。規模。取り扱っている商品の内容。定期的なものなのか臨時のものなのか。滞在先。滞在期間。

 加えてそうした闇月の隊商が訪れる頻度などの情報も求めた。


 依頼主が自分であることは伏せたいと伝えたら、動かす子供たちへの仕事の依頼も、すべて少女が手配してくれることになった。

 ありがたいことで。


 小細工をしたところで探りを入れたのが私であることにラクハサは気づくであろう。

 そこは構わなかった。

 必要なのは、ラクハサ以外の人間に私という存在を知られぬままにしておくことだ。


 少女とは夕方、閉門のひとつ前の鐘に、経過を報告をしてもらうということで別れた。

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