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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第6章 『大逆の産声』
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71.悪夢との再会

 ラーデ・ロムニスを脱出し2月あまりが過ぎた。

 我々がヘンビクフラに入ったのは1月ほど前になる。冬山を越えての密入国だった。

 その後は子供の記録を頼りに国内を巡り、情報収集に明け暮れている。


 しかしそれもいい加減、見切りのつけ時かもしれない。


「――では、私は街で情報を集めてきます。キースとクゥの2人は、これまで通り市壁の外で亜人から聞き込みを頼みましたよ」


「なあヤトイ。やっぱりその口調」


「イラです。なんの為に人間(青の民)を装っていると思っているのです。そんないかにも黒の民という名は今すぐ忘れてください」


「せめて口調だけでも」


「慣れてください。はぁ……このやり取りももう何度目ですか。クゥを見習ってください。まるで気にしていませんよ」


「あたしはあんたなんてどうでもいいし。キースの安全のためなら、クーラントの方で呼ばれるのも気にしない。首輪だって我慢できる。札は嫌だけど」


 フーリ改めクゥの言葉にも、キースはまるで納得した様子がない。

 まあ分かってはいた。

 でなければ、2桁にも渡って似たようなやり取りを繰り返したりしない。

 クゥの今の言葉もすでに何度か耳にしている。


 偽名に抵抗があるとか、信仰って本当に面倒くさい。

 その価値観を逆手に取ることで、名を変えることで身元の偽装がより完成されたものになる、そう好意的に考えたいところではあるのだが……。

 受け入れてすらもらえないとなると、かえって邪魔なものとしか思えなくなる。


 クゥにしたってきちんとした偽名ではない。

 名から姓に呼び名を変えただけだ。

 愛称や略称は良くて、なぜ偽名はダメなのか。まったく以て面倒だ。


 真名が最も象徴的だが、この世界の人間は名に重い意味を見出している。

 名を高めることを尊ぶ信仰が根付いており、個人と同義である名前はその個人の誇りをも示す。

 そのため、人を呼ぶときには苗字ではなく名前を用いるのが通例だ。

 面と向かって苗字でその人を呼ぶと、侮辱されていると怒りを露わにする者までいる。


 偽名を使うことを、奴隷を意味する首輪を付けるより激しく拒絶された。

 仕方なくキースの名はそのまま使っているが、私が名を変えることにまで抵抗を示されるとはな。

 想像だにしていなかった。

 今更ながらに価値観の溝を実感しましたわ。


 私たちは今、元青の民で闇の月に悔宗(かいしゅう)をした(しもべ)と、命の恩人である闇の札付き、及びその妹という設定で旅をしている。

 元青の民だ。黒の民ではない。


 この逃亡の旅の中で私は、魔力操作を用いて消魔結界を抑え込む術を編み出した。

 起きている間しか維持できないという欠点がある上に、制御を誤ると結界の効果が体の内側に作用し魔力をごっそりと食われる。

 最初に失敗した時には昏倒した。危険を孕んだ手法だ。

 そんな繊細な操作であるから、並行して行えるのは緩慢に身体を動かすのが限度。それこそ本当に人間のようになってしまう。


 それでも、これを形に出来ていなければ、これほど順調に旅はできていなかったであろう。

 ()()を装えるということは、それほどまでに大きな意味を持っていた。


「話し方は師を真似ているのです。かつて私に説教をした他の僕もこの様な話し振りでした。十戒を望む僕の言動としてはもっともらしいとは思いませんか。それに、こちらの方が黒の民の訛りが混ざらずに済みます」


「でもな、オレたちだけの時くらい」


「根の部分から変えておかなければ、咄嗟の言動で地が出てしまいますからね。私の性格は知っているでしょう」


「そこまで自分を捨てるのか」


「捨てるなんてそんな大それたこと、私にはできませんよ。変えるだけです。そう、少しだけ。そもそも人は変わるものでしょう。私はその方向を自ら定めているに過ぎません。……クゥ。キースのことを任せても良いですか? 今日は2人ともゆっくり休んでください。ここまで心休まらぬ日が続きましたから。疲れも溜まっているでしょう」


「遠慮しないよ?」


「構いません。お陰でおおよそこの国のことは見えてきましたから。後は方針を定めるだけ、でしょうか。なので、気にせず休んでください」


 キースとは視線を合わせず踵を返す。

 不満が背中に刺さるが、こればかりは譲れない。

 まるで逃げるようにそそくさと小さな天幕を出る。


 だいぶ暖かくなったな。

 やはり冬の旅などするべきではないと強く実感する。

 まあ、したくてしてきたわけではないのだが。


 私たちの天幕の周辺には似たような天幕や、税金を避けるため街の外に残された多くの幌馬車を見ることができた。

 門前の宿営地。碑塔街道の通る街ではよく見る光景だ。


 少し視線をずらせば、奇妙な形のした石塔が並ぶ件の碑塔街道が目に映る。

 その一端は、市壁に築かれた門の内へと続いている。


 旅人が大きな欠伸をしながら朝食の支度をする様や、門前市を開く商人らをそれとなく観察しつつ、私は目立たぬ足取りで街へと向かった。



 ◇◇◇



 年が変わり、寒風もすっかり鳴りを潜めた。

 もう1年もすれば成人、と言いたいところだが、私はひと足先に成人を迎えたことにしてある。

 まだ幼さの残る顔立ちに低い背丈が相まって、初見でそうという対応は望むべくもない。

 それでも大人であると自己申告すれば、今の言動が功を奏し、驚かれはするもののまず通る。


 背丈に限って言えば、貧民や奴隷なんかだと私より低い大人は多いからな。


 ロムニスでの事件は未だこの国では耳にしていない。

 この世界は情報の巡りが遅い。いや、地球のあの時代が異様だっただけだが。


 ともあれ、生き延びる上で最も優先すべきが情報という考えは、ロムニスに居た頃から変わってはいない。

 むしろ重要性は増したか。

 情報が集積する場所や立場、そうした環境を得られなければ、遅かれ早かれ私たちはまた博打を迫られるだろう。


 欲を言えば、情報を得てそれを生かせる環境が望ましい。

 それは個人では不可能なことだ。

 黒の家ですらまるで足りなかった。


 条件を満たすには……やはりラクハサを追うしかないな。


 そもそもこの国を訪れた目的からして、あの娘が、そしてあの娘を取り巻く環境が、自分たちが身を寄せるに足るものであるか見極めるためであった。


 私はラクハサが天才と呼ばれる人種であると確信している。

 だがどれほどの才媛であろうと、この混沌極まる世界で生き延びられるだけの力がなければ意味はない。

 だからこそ、見極める必要があった。


 キースたちにはヘンビクフラでの情報収集を、闇の教派の動向を探るためと説明している。

 真実半分の偽り半分といったところだ。


 真に探っているのはラクハサの所属している派閥の動きである。

 収穫は想像以上。

 藪を突いていたら竜を見つけた。そんな気分だ。


 大陸南部には乱世の兆しが見え始めている。

 クーベ、ドートレン、ヘンビクフラと国を渡り歩き、混迷の気配を感じた。

 その気配は、ここで情報を集めるに従い確信に変わった。


 より悪い方向へと。


 血生臭く、腐臭さえ漂わせる死神の手が、動乱へと傾こうとする天秤を密かに支え整えていたのだ。

 皿の上には今も刻々と、不釣り合いな量の錘が積み重ねられ続けている。


 天秤を支える者の名はムドヤハサ。

 闇の月の僧正で、当代において最も多くの魂を還した血塗られた聖人。

 そしておそらくは、ラクハサの実父である。



 ◇◇◇



 初めて訪れる街の常として、その街の闇月の僕を探す体で情報を集める。

 僕が居るなら当然その人物に会い話をする。

 闇月の僕は数が少ない。訪ねればまず歓迎してもらえる。信仰に交えて国情を問えば、滑らかに知る限りを語ってくれる。

 居なければ居ないで他の情報源を探すだけ。


 これまでと同じように情報収集をしていると、気になる話を耳にする。

 闇月の印の入った隊商がつい先程街に入ったらしい。


 渡りに船かもしれない。

 そう考えた私はその隊商を探りに動いたのだが。


 ――これは、なんだ?


 隊商が訪れていると言う商店に向かう途中、場違いな悪寒が背筋を這い上がってきた。

 尋常ならざる魔法の感触。

 ラーデ・ロムニスを脱したあの日、地下で感じた胸騒ぎすら上回る不快感。

 まるで本能が逃げろと叫んでいるかの様であった。


 だが、それは有り得ない選択だと私は断じる。

 あの時とはまるで状況が違う。


 街の様子に奇異な点はなく、道行く人々の顔に危機を示すような感情は見られない。

 やや活気に乏しいが、それはこの辺りの街ならどこでも同じ。

 平穏そのもの。


 確認が必要だった。今後のためにも、問題を抱えていない今、その正体を調べておくべきだ。


 理性で感情を捻じ伏せる。

 そして異様な感覚を辿るようにして、私は足を進めた。


 間もなく、表通りから一本奥まった所にある裏通りに出る。

 並ぶ建物のひとつ、大きな商店の裏手に3台の幌馬車が止まっていた。

 感覚の発生源はその中の1台にある。


 裏通りにも疎らに人は歩いている。

 ひとまずはそのまま通り過ぎどこかに身を隠し様子を窺おう、などと考えた矢先に足が止まった。


 馬車の影に居る、フードを目深に被った小柄な人物が視界に入った。

 その瞬間に私はすべてを理解した。元凶はこれだと。

 腹部の右側を覆う大きな揺らぎ、紋様にも見えるそれが異様なまでの魔法の気配を放っている。


 だが次の瞬間、種類の異なる怖気が走った。

 小柄なその人物が、こちらを見て笑ったのだ。


 どこか、見覚えがあると思った。


 そしてフードの端が細い指に摘ままれ、わずかに捲られる。

 捩じれた黒い角が見えた。


 まさか……。


 見えたと思った寸時の後には角はフードに隠されてしまう。

 そして小柄な少女は私に背を向けると、商店の裏口に消えていった。


 私はその段になってようやく、己の歩みが止まっていることを思い出す。

 頭の中は混乱でもうぐちゃぐちゃだった。

 私はただこの場から離れることだけを考え、必死に足を動かした。


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