69.明日を目指して
誓いを交わした俺たちは、ひとり蚊帳の外に置かれ不機嫌になったフーリをなだめ、それから屋敷で見聞きしたすべてを聞き出した。
フーリが屋敷に辿り着いた時には、すでに敵の包囲が完了していたらしい。
包囲を崩すべくウォトやルッダと切り込み、そして返り討ちに合った。
屋敷に火が放たれたのも、残りの面々が討ち死にしたのも、すべてはフーリが敗れた後の出来事であることが分かった。
「仇は……今は考えない。それでいいな」
「異論はないよ。フーリが解放で手も足も出なかったほどの長耳族だ。それに、黒の家が落ちる早さから考えても、魔法種がそいつだけとは思えない。ハヴィスの首を取ろうにも、危険が大きすぎる」
「……ザイネル・アルクスか」
フーリを圧倒しアイネに致命傷を負わせた、顔に大きな火傷痕のある長耳族。
「白の教派、獣兵、長耳族、ザイネル・アルクス副団長、徽章。これだけ材料が揃っていれば、逃げ延びた先でも奴らを探し出すことは容易なはずだ」
「いつかあたしが必ず殺す」
剣の鞘を強く握り締め、瞳に殺意を滾らせ呟く。
そんなフーリの頭をキースがくしゃりと撫で、肩を抱き寄せる。
「地下に潜って、逃げ切れると思うか?」
「それなんだけどね。狩場を迂回して最も西寄りのルートを取れば、おそらく敵とはまったく遭遇せずに下流域に抜けられると思う」
「敵は下流から遡ってきたわけではない、そういうことか?」
「よく、分からないんだけど」
苛立たしそうに、けれどどこか申し訳なさそうにフーリが口を挟む。
「白の教派の軍の後ろには、ラーデ・ロムニスがついているってこと。罠の時点で青錆街が手引きしたことは確定していたけど、事態の規模が大きすぎるんだ。いくら中央に影響力があるといっても、青錆街の力だけでどうこう出来る話じゃない」
ここまでは良いかと視線で問えば、素直に頷き理解を示してくる。
「軍隊ってのは、お金と時間をそれはもう湯水のように使うものなんだ。だから、魔境にも等しい水路を遡るなんて無謀なことはしたくない。なにより今回は都市が背後についている。なら軍は、その支援を受けてより効率的に動こうとするのは当然だ」
「近隣のどこかの区画から、水路に下りた公算が高い」
俺の説明をキースが結ぶ。
ただそれだと、まだ少し決め手が足りないな。
これは持っている情報の差だろう。
「放棄された東隣の区画だと思う。あそこはまだ結界が動いてるから。長耳族が居るとなると軍隊規模の隠密行動も簡単だろうし」
「それで西か。決まりだな」
言って立ち上がる。
納得さえできれば後は動くだけ。
「体は大丈夫なの?」
「ふたつ目の集積地までは持たせる。もし無理だったら担いでくれよ」
「だってさ、フーリ」
「任せて」
ふたりとも消耗が激しかった。
フーリは意識こそ取り戻したものの、解放を長時間維持できるほどに魔力が回復していない。
キースは擦り切れた精神状態で見張りを続けていたので、心身ともに限界だ。
しっかりと食って短時間とは言え眠りもした俺は、ふたりと比べれば遥かにマシな状態と言える。
索敵から戦闘まで、基本的に俺がやることになるだろう。
回復を待つ余裕はない。もう火の手は随分と近くまで迫っていた。
壁際の袋を退け、壁の穴を露わにする。
穴の先は枯れた下水道が続いている。
それを下って行くと、地下水路の封鎖線の内側に出ることができる。
最低限の荷の詰まった袋を背負い、キースが穴を潜り下水道に下りる。
フーリがそれに続き、最後に残った俺はアイネに小さく別れを告げる。
そして油を染み込ませた食料の袋に火を放った。
炎が袋の山を包む。
それを見届け、俺は穴を潜り下水道に出た。
振り返ることはしない。
前に進むと決めたのだ。
こうして、俺たちの長い逃亡の旅が始まった。
これにてラーデ・ロムニス編は終わり、次の章からヘンビクフラ編に入ります。
長い旅と書きましたが、大幅にカットして進めて参ります。細部まで書いていたら話が先に進まない!
今後ともお付き合いいただけたら幸いです。




