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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第5章 『無情なる世界』
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68.地獄の底で交わされる誓い

 嗚咽する声に目が覚める。

 蝋燭の火が、狭い地下室の壁にひとつの人影を揺らしている。


 声の主はフーリだ。

 アイネの亡骸に縋りついて、必死に声を殺すようにして泣いている。


 身を起すと毛布がはらりと落ちた。

 キースが様子を見に下りてきたのだろう。

 灯があるということは、フーリが目を覚ますまではここに居たのか。


 どれくらい、時間が経ったのだろう。

 魔力を酷使し過ぎたせいで、体内時計は当てにならない。

 それほど長い時間ではないはずだが。


 静かに立ち上がり、フーリの隣まで行き、腰を下ろす。


「フーリ。僕の代わりに祈ってやってくれないか」


「そんな資格、ないよ。あたし、本当ならあそこで死んでた。解放を保てなくなるくらい何度も何度も致命傷を負わされて。あいつには勝てなかった。なのにあたし、生きてる。なんで、なんでなの。アイネお姉ちゃん……」


 アイネを殺ったのもそいつか?

 しかし、解放したフーリを一方的に蹂躙できる相手となると……そいつは、魔法種に相違なかろう。

 燻りかけた怒りは瞬く間に消え去る。


 不意を打ったところで勝てはしない。

 そんな奴らがうろついているとなると、俺たちがここに逃げ込めたのも、単に運が良かっただけに思える。


「厳しいことを言うよ。悲しむのは後にして。そして祈るんだ。責任を感じるならなおのこと。この子を還してやれるのは、君かキースだけだ」


「なんで、そんな冷たいことが言えるの。なんで、あたしよりずっと傍に居たあんたが、そんな平静でいられるんだ」


「『生きて』と言われたからね。立ち止まる訳にはいかない。僕が泣いていたら、アイネはきっと怒る」


「あたし、は。気持ちをそんな簡単に切り替えられない」


 俯くフーリを、顎を掴み強引にこちらに向かせる。


「甘えるな糞ガキ。できるできないじゃないんだよ。やれ。街を出るまでで構わない、切り替えろ。割り切れ。でなけりゃお前はここで死ぬぞ。キースもだ。アイネがお前を生かしたこともなにもかもが不意になる」


 意識してか否か、フーリの手が自らの腰に伸びる。

 が、今はそこに剣はない。

 あったところで、消耗しきったフーリでは俺に一太刀浴びせることも叶わないだろうが。


「僕が気に入らないか。斬ってしまいたいくらい腹立たしいか。殺したいほど不快か。構わないさ。だがその感情も全て後に取っておけ。後のために今は、悲しかろうが苦しかろうが、立つんだよ」


 顎から手を離す。

 握り締めた拳は震え、眼は恨めしそうに俺を睨んでいる。


 コツコツと、上へと続く扉から合図があった。

 キースか。声は抑えていたがそりゃあ気づきはするだろう。

 灯を隠し中に招き入れる。


「火が近づいてきている。奴ら、黒月街をきれいさっぱり焼き払う気だ」


 フーリについて追及はない。ただ視線を一度そちらに向けただけだ。


「悠長にはしていられないね」


「お前は……大丈夫、なのか?」


「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」


 父親が死んだ時にも増して、キースの顔は酷かった。


「……オレ? オレ、は……はは」


 後退りし壁に背中を預けると、力なくずるずるとしゃがみ込む。


「なあヤトイ。どうしてオレたちがこんな目に合わなきゃならないんだ? オレたちがなにをした。黒の家がなにをした。これまでずっと、ラーデ・ロムニスの言う通りに暮らしてきたじゃねえか。青錆街と衝突してたことは知ってる。でもそれは、あいつらが殺されなきゃならねえほどのことだったのか?」


「黒の民だから。きっと理由はそれで充分なんだよ」


 信じたくないと言うように、キースは首を横に振っている。


「青錆街に通っていたキースなら、思い当たる節はあるんじゃないの?」


「ねえよ。こんな、皆殺しにしたいほど恨まれてるなんて」


「考え違いをしているね。そこまで激しい感情は必要ないんだ。連中は僕らを、同じ人とは思っていない。だから、邪魔になれば虫のように始末することができる」


 奴隷にも劣る身分なのだ、黒の民とは。

 強制居住地区で同族に囲まれていたせいで、あまり強く意識することはなかった。

 けれど、地球の歴史を紐解けば似たような事例はいくらでも見つかる。

 ましてここは、神によって身分が定められた世界。


「そん、な……」


 キースはここまでの大事が起きるとは、想定していなかったようだ。

 可能性としては話したことがあったはずだがな。

 まあ、可能性としてだ。

 俺も考えが甘かった。ハヴィスと会っていながら、狸であると分析をしておきながら、どこか侮っていた。


「お前はそのことに気づいて……」


 眼が見開かれ、瞳が揺れた。狼狽えるように視線が彷徨う。

 言わずにおいたのに、気づいちまったか。


「ヤトイ、……オレは」


 いや、それだけではないな。

 俺を映す瞳には懺悔するような、懇願するような色がある。


「責めて欲しいんだ」


「――っ!」


 キース。そいつは甘えだ。

 俺たちにはいらないものだ。

 お前だって本当は気づいているはず。


「そうだよ。アイネが死んだのも、フィオやエムリが死んだのも、すべて甘っちょろい君の選択のせいだ」


「キースを悪く言うなッ」


「煩い。吠えるな雌犬」


「なっ……」


「立ちなよ、キース」


 襟元を掴んで強引に引き立てる。


「分かっているんだろう。咎を責められるべきは君じゃ、……君だけじゃない。君やアイネにその選択をさせたのは、他でもないこの僕だ」


「やっぱり、お前はそう、考えているんだな。フィオが死んだときも、お前はオレが謝ることを許さなかった」


「君だけが責められて満足するなんて、虫のいい話だとは思わないかい」


「オレはお前の謝罪なんて……くくく、違うな。お前のことだ、そんな殊勝な話な訳ないか」


 そうだ。そいつは自己満足ってやつだ。

 そんな下らないものは犬にでも食わせておけばいい。


「羨ましいよ。そして憎らしい。お前はなんでも自分で決められる奴だ。オレなんて置いて、いつでも先に進んでいくことができる。本当に妬ましくてたまらない。だから――」


 その瞳に生気が戻った。いや、覇気と言うべきだろうか。

 ぎらぎらとした野心にも似た、挑むような眼差しが俺を射抜いている。


「オレも勝手をさせてもらうことにする」


 その手が俺の襟元に伸び、掴んだと思うと強く引かれた。


「ヤトイ。オレを信じろ」


 息がかかるほどの距離で、睨むようにしてキースは言い放った。

 ただの視線と言葉だ。

 だがどこか、剣の切っ先を突き付けられているような感覚を覚える。


「いつか言ったな。仲間を見捨てないのは、お前に信じてもらいたいからだと。オレは見捨てなかったぞ。誰ひとり、救えやしなかったけどな。それでも、見捨てなかった」


 語る声は自嘲に満ちている。


「お前のこともなにがあろうと見放したりはしない。隠したいことがあるのは知っている。けどな、それがどれほどのものであろうと、オレはお前のことを見放したりしねえよ。アイネを死なせ、フィオを死なせ、エムリも他の多くの仲間も死なせ、それを踏み台にして、今オレはお前に信じろと言っている」


 けれどこれは、紛れもない恫喝であった。


「オレはこんな糞みたいな手前が嫌いだよ。無様で惨めで醜悪で汚らしい。あいつらは……オレたちが殺したようなもんだ。ならオレは立ち止まれねえ。でもな、オレはひとりじゃ先に進めねえんだ。だからお前には、オレの傍らに居てもらう。そのためにも、オレを信じろ。今この場で! そうすればオレは、ゾライデの名と魂の誇りにかけて、お前を裏切らないことを誓う」


「よくもまあ、こんな互いの心に刃を刺し合ったような状況で、僕なんかの善意を頼った要求ができたものだね、まったく。君らはどうしてそこまで度し難いんだ」


 少しの腹立たしさと、少しの痛みと、愚かしい諦念に、かすかな期待が混じる。


「君のその誓いは、誇りを穢すのと同じだと思うよ」


「オレの誇りはオレが決める。お前にだって口出しさせねえ」


「僕は神に誓うことはできない。魂に誇りもありやしない」


「構わねえさ。お前が頷いてさえくれれば」


 溜め息とともに首を横に振る。

 それでは俺が俺を信じられない。


「オレじゃあ、ダメか」


「君は自らを低く見過ぎだ。僕はこれでも君のことは買っているし、そんな君を好ましく思ってもいる。前を見なよ、キース。初めて会った時のように未来を。下を気にするのは、僕が引き受けるから」


 口にした言葉とは裏腹に、俺はきっと、もう、容易く裏切ることができる人間だ。

 だから、アイネ。君の名を貸してもらう。


「キーサウテル・ゾライデ・クーント。僕はアライネアの名に懸けて、君をただひとり生涯の友とすることを誓おう」


 愚かしいことだ。

 こんな、己が異物でしかない世界で誰かを信用しようなど。


 だから、キース。例外を作るのはお前きりだ。

 黙って差し出された拳に、今を刻むよう強く拳を合わせた。


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