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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第5章 『無情なる世界』
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67.異物に神はいらない

 雨水が流れ込む側溝を遡り、最後の隠れ家に辿り着いた。

 脱出路の中継として用意していた他の2か所の隠れ家に、逃げ込んだ者は誰も居なかった。

 ここで本当に最後だ。


 物の形も定かではない暗闇の中を、記憶を頼りに進んでいく。

 ただでさえ消耗していたところに、索敵と隠密に魔力を消費し続け、もう俺の魔力は体を動かすので精いっぱいだった。


 だから、それに気づいたのはキースが先だった。


「血だ」


 言われて慌てて床に掌を這わせる。

 雨水とは違う、ぬめりを帯びた液体が指先に触れた。

 鼻に近づけると、確かに鉄錆た血の臭いがする。


「ヤトイ。誰か、この先に居るぞ」


 この先、地下ということだろう。

 ここを知っている人間は少ない。アイネかフーリか、エムリか。


 デラやエルにも隠れ家の存在は伝えてあったが、それは先の2か所だけだった。

 こんな事態だ。見知らぬ誰かという可能性も完全には否定はできない。


 加えてこの血痕。


 期待と不安に感情を揺さぶられながら、俺たちを示す合図を小さく鳴らし、床に拵えられた地下への扉を持ち上げる。

 血の臭いが強くなる。

 息遣いがふたつ。反応はない。


 静かに扉を潜り、入り口を閉ざす。

 光が外に洩れないのを確認し、キースが蝋燭に火を灯す。


 着火のかすかな光の中に、アイネとフーリの姿が見えた。けれど俺は、キースが燭台を手に隣に立つまで、情けなくも声ひとつあげることができなかった。

 アイネたちはあまりにも赤く、血に濡れていた。

 キースも愕然と立ちすくんでいる。

 手にした燭台は震え、狭い地下室を頼りない光が揺らしている。

 それはまるで恐怖に竦む俺たちの心を表しているようだった。


 唇を噛み怖れを断ち切り、部屋の隅で壁に背を預け、微動だにしないふたりに歩み寄る。

 あまりに細い息遣いに、足が止まりそうになる。


 そして近づき、気づいてしまった。

 アイネの右腕と左足に、半ばから先がないことを。

 傷口からは未だ血が滲み出している。


「起きろ、アイネ。起きるんだ。目を覚ましてくれ」


 腕の血管を圧迫し止血しながら、恐々と肩を揺する。

 隣でキースがフーリを抱き寄せた。


「フーリ。お前もだ。起きろ。解放さえ使えばこんな傷。クソッ。どうして目を覚まさない」


 掠れた悲痛な声が地下室に響く。


「ヤト、イ……?」


 アイネの唇がかすかに動いた。


「そうだ。俺だ」


「ど、こ? 暗くてよく、見えない」


 抱きしめるように支え、耳元に口を寄せる。


「ここだ。ここに居る。アイネ。いいか、よく聞くんだ。回復の魔法を使え。まずは足、それから手だ」


「ごめ、んね。ヤ、トイ。止まら、なかったの」


「なに、を――」


 言っているのか。口にしようと思っていた言葉は、キースの示した先を見て、無用のものと化す。


「ヤトイ。フーリの奴は、無事だ。直に目を覚ます」


 傷の手当てのため脱がされ露わになったフーリの裸身に、命に関わるほどの大きな傷は見られない。

 傷は幾つも残っている。けれど服に染み込んだ血の量からすると、それはあまりに小さかった。


 アイネは自らよりも、フーリを癒すことを優先したのだ。


「お前は……なんて、馬鹿なんだ」


「わたし、じゃ……役に立てない、から」


 アイネは血を流し過ぎていた。ばかりか、魔力までもが枯れている。

 黒の民の治癒能力とて、これではどうにもならない。


 なぜ自分を優先しなかった。

 死ねばそこで終わりなのだぞ。

 そんな下らない理由で他人を優先するなんて。あまりにも愚かだ。


 例えこの世界が輪廻転生を理としていようと、来世は今世とは別物だ。記憶を繋いでいる人間なんて、噂でしか聞かない。

 今のお前と、生まれ変わったお前とは違うのだ。

 死ねば終いなのだ。


「あの子、なら……きっと」


「馬鹿者が。俺はお前に、生きてほしかったよ……メイベルハング、お前に」


 アイネがふっと微笑んだような気配がした。

 気配、だけだ。表情すらもう、動いてはいない。


「ヤ、トイ……は。生き……て、ね……」


 最期の力を振り絞るように、そう囁いた。

 腕にかかる重さが、心なしか増す。

 もう、か細い息遣いさえも聞こえない。

 アイネは、死んだのだ。


「……っく、……。オレは外を警戒しておく。少し灯を隠すぞ」


 なにか言葉を噛み殺し、キースはそう告げて上にあがって行った。


 隠しを取りに動く気にもなれなかった。

 灯が消え、完全な闇に包まれる。

 血を流し過ぎたアイネの体は、早くも体温が失われ始めている。


 悲しみはあった。

 けれど、それにも増して怒りがあった。


 馬鹿者が。愚か者が。糞が。糞が、糞がッ!


 アイネを、フィオやエムリを殺した白の教派の糞どもが憎い。

 敵と通じていた青錆街が憎い。

 俺たちを嵌めやがった顔役の豚狸が憎い。

 こんな事態を招いた黒の家の無能が憎い。

 アヴレットが、モトが、ダルハが老害どもが憎い。

 ここぞという時に役に立たなかったヘズコウが憎い。

 フーリが憎い。もう少し上手く立ち回っていれば、意識を保っていれば、せめてアイネだけでも助かったかもしれない。

 キースが憎い。あそこでデラやエルを見捨てていれば、アイネもフィオもエムリも死なないで済んだかもしれない。

 こんな救いようのない糞溜めのような世界に落としやがった神が憎い。


 憤怒と憎悪が理性を押し流さんと溢れ出す。

 だが俺の理性は、あと一歩のところで踏みとどまっている。


 いや、そこから先に進むことはあり得ない。

 俺には、この結末を誰かのせいにして逃げるなんてことは出来ないのだ。


 すべては自らが撒いた種。

 最も憎いのは己自身だ。


 いつだって逃げることができた。

 俺ならアイネを救えた、フィオを救えた、エムリを救えた。

 動かなかったのは、選択を違えたのは俺だ。

 そして皆に違えさせたのも。


 キースがデラたちを見捨てられなかったのも、アイネがフーリを優先したことも、どちらも俺の不信に端を発したもの。

 キースを責めるのもフーリを責めるのもお門違い。

 俺が責めることを許されるのは、己自身だけなのだ。


 それでも、と。俺は言わざるを得ない。


 俺のエゴでこんな事態を招いておきながらも、俺はやはり本当の意味で誰かを信用することなどできないだろう、と。

 今わの際のアイネにだからこそ、心の底から信じると口にすることができた。

 それはアイネが、俺の真実を知ることがないと分かっているからだ。

 異物であるという真実を。


 無印(むいん)なんて区別では生温い。

 闇月の(しもべ)となり、多くを学び、どうしても埋められぬ溝があることを知った。


 神の崇拝なんてその最たるものだ。

 神を欠片も敬っていない、あまつさえ敵意すら抱いている俺が、この世界と相いれることなど未来永劫ないと言えよう。


 こんな欺瞞に満ちた俺だ。アイネの死を悲しむことすら、本当は許されないのかもしれない。

 だから、アイネ。君は死んではならなかったのだよ。


「俺は、先に進むよ」


 悲嘆に暮れることも、憎悪に心を焦がすことも許されないのだ。


 冷たい身体を最後に一度だけ強く抱きしめ、床に横たえた。

 そうしてから、ふらつく体で反対の壁際まで這うようにして向かう。

 食料の詰まった袋を漁り、保存用のパンを探し出すと、俺は齧りついた。


 血の、味がした。

 そりゃあするだろう。今まで血塗れのアイネを抱いていたのだ。

 えずきそうになるが、ろくに噛みもせず飲み下す。


 無心に食料を体に押し込んでいく。


 こんな時に食欲なんてあるはずもない。

 けれど消耗しきった体が、食い物を求めていた。

 俺の体は、心とは関係なく、生きることに貪欲だ。穴倉に居た頃からずっとそうだった。

 染みついた気質と言ってもいい。


 かすれた嗤いが漏れる。


 悲嘆よりも食い気を優先する。なんとも浅ましいことだ。薄情なことだ。


 ひとしきり嗤った後、再びパンを口に運ぶ。

 今はそんな冷血極まりない己の体に感謝すべきだと思った。


 アイネは最期に『生きて』と遺した。

 元より、こんな場所で死んでやるつもりもない。

 俺は俺が俺であるためにも、生きねばならなかった。これまでそうしてきたように。これからもそうするのだ。


 けれど今はもう、俺だけのためとは言えないかもしれない。


「大馬鹿者……」


 失った魔力の足しにするため、ただひたすらに食い続け、そして少しだけ眠った。


前回に引き続き、やってしまいました。

輪廻転生のある世界ということで、どうか堪忍してください。

ダークファンタジーではありますが、多少の救いはある形で書いていくつもりです。

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