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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第5章 『無情なる世界』
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66.殺戮と業火

 垂れこめた雲から降り注ぐ雨粒に全身を打たれながら、黒月街の裏路地で俺は立ち尽くしていた。

 息が、上手く吸えない。


 隣でキースがれる。フィオと、名を呟くのがぼんやりと耳に届いた。

 返事はない。

 それに答える者はもう、この世にはいないのだ。


 冷たくなっていくフィオを前に、俺は動けずにいた。

 その両腕は半ばから断ち切られ、背中には無数の、けれど浅い刺し傷。

 手加減が窺える惨い仕打ちだった。フィオは、弄ぶようにして殺されたのだ。


 燃え盛る黒月街には、その至る所に軽装の兵士がうろついていた。

 この街の黒の民を根絶やしにする気でいるのだろう。

 俺たち以外の黒の民は皆物言わぬ骸となり、無造作に道端に打ち捨てられていた。

 想像以上に警戒は厳しく、目的の廃屋に辿り着くのは、困難を極めることが予想された。


 フィオは自らが足手まといであることを悟っていた。

 だから道半ばで自ら切り出したのだ。

 その場に残り、空家に身を潜めて帰りを待つと。


 俺たちはそれを了承した。


 結局、連絡場所となっている廃屋に、デラやエルが逃げ込んだ形跡は見つからなかった。

 徒労と落胆をそれぞれの胸に引き返してみれば、隠れ潜んだはずの空家にフィオの姿がない。


 敵の眼を掻い潜り必死になって探し見つけたのは、別れた空家から俺たちの向かった先とも、屋敷とも、隠れ家とも方角を異にする、こんな黒月街の裏路地だった。


 なぜとは思わない。馬鹿がと、思う。

 敵に見つかったフィオは、俺たちに火の粉が及ばないように、敢えて関わりのないこちらへと逃げたのだ。


 本当に馬鹿だ。馬鹿者だ。

 俺たちの方に逃げていれば、命だけは助かったかもしれないのに。

 フィオは最期の最期まで、俺たちを想って動いていた。

 俺の教えを、肝心なところだけ破って。


「こっちには生き残りは居なかったぞ。そっちはどうだ」


 強化した知覚に音が紛れた。


「同じだ。あのガキ、拷問して吐かせるべきだったんじゃないか」


「お前が加減し損ねたから死んじまったんだろうが。もう少しよく探してみようぜ。ししょーししょーって、みっともなく泣き喚いて逃げてきたんだ。地下室なんかに隠れてるのかもしれねえ」


 ああ。ああぁあ、あぁっああっは、ははっは。手前らか。フィオを殺ったのは。


 思った時にはもう全力で駆けていた。

 全力だ。加減は一切ない。


 雨を裂くように疾駆し、角をふたつ曲がり、敵の姿を視界に収める。

 待機状態にしていた魔力の流れを動作させ、主観時間を加速する。


 標的はふたつ。一方はこちらに背を向けて立っていて、もう一方はこちらを視界に収められる角度で立っている。

 屋内での戦闘を想定しているのだろう。どちらも得物は長剣だ。

 聖印に妙な気配は感じない。魔法は使用していないと見てよいだろう。


「――っ!」


 遅滞した世界で、敵が接近に気づいたのをその表情から読み取る。

 その瞳に映るのは驚愕と恐怖。

 見せられたなんとも人間らしい感情に憎悪が鎌首をもたげる。が、理性を楔に圧し潰す。


 静かに、殺さなければならない。静かに、他の奴らに悟られぬよう。迅速に。


 背を向けている方は後回しだ。

 大身の短槍を両手で構え、地を這うようにして刹那に距離を詰める。

 そして敵がなにか明確な動きを示すよりも早く、顎下に槍の穂先を突き入れた。微かな抵抗は、頭蓋を貫いた感触であろうか。


 死体の刺さった槍を右手だけで保持し、左手を殺した兵士の剣に伸ばす。

 背を向けていた男が、仲間が刺し貫かれる様を目にして、ようやく俺の存在に気づいた。

 聖印に不快なノイズが現出し、剣を構える動きを見せる。遅いな。


 兵士の掌ごと無理やり剣を逆手に掴み、顎を目がけて切っ先を突き上げる。

 先程と違い鈍い手ごたえ。

 やはり難のある攻撃だったようだ。


 顎から剣を生やしながらも、まだ敵は生きていた。

 どうにも、顎の骨に当たって脳にまで切っ先が届かなかったらしい。

 このままでもどうせ死ぬだろうが、剣を捻って強引にねじ込み殺した。


 死体の手から零れ落ちる剣は、一度爪先で受けて、なるべく音を立てないように落とす。

 糞袋ふたつを静かに地面に転がしたところで、運動能力の強化に割り振っていた魔力を、周辺の探知に戻していく。


 辺りの様子に大きな変化がないことを確かめていると、フィオを抱えたキースがやってきた。


「こいつらは」


「仇だ」


 初めて人を殺したが、罪悪感の欠片も湧かない。

 ばかりか、苦痛を満足に与えてやることができなかったのが悔やまれてならない。


 騒がれては困るとはいえ、もう少し上手いやり方はなかったのか。

 顎を落としてから四肢を千切り、腹と喉を切り開いてやっていれば。

 このまま死体をずたずたに引き裂いて、激情を晴らしたい衝動に駆られる。


 いかんな。いかん。

 なんのために静かに殺したのか思い出せ。

 それに感情の籠った傷を残せば、生存を気取られる。


 楔となっている理性を総動員して心を殺す。


「僕の代わりに、フィオに祈ってやってくれないか」


「フィオならお前の方が、適任……だろう。闇月、だからか?」


無印(むいん)だからだよ。僕の祈りなんて神に届きやしないさ」


「……すまない。すまない、おれが――」


「煩いな。そういうのは、いらない」


 余計なことを口走られると、理性が感情に呑まれそうだった。


「フィオはどこか、燃えている家に置いていく。辱められるのは我慢がならない」


 殺した男たちを漁り、白の聖章(せいしょう)徽章(きしょう)が同種のものであることを確認する。

 やはり他に所属を示すようなものはない。

 確定と見て良いか。


「屋敷を経由して隠れ家に向かう。それでいいか、ヤトイ」


「ああ」


 服の乱れを整え漁った痕跡を消し、唾を吐きかけてやりたい思いを堪え、俺はその場を後にする。



 ◇◇◇



 俺たちが屋敷に着いた時にはすでに、建物は炎に呑まれていた。

 未だ兵士が周囲をうろついており、屋敷に近づくこともままならなかった。


 皆は激しく抵抗したようだ。

 戦闘の痕跡があちらこちらに残っていて、良く知った奴らの死体を、いくつも見ることになった。


 わずかな希望は、アイネとフーリの姿が、それらの中に含まれていなかったことだろう。

 エムリはその腕が、俺の与えた槍とともに転がっているのを見つけた。


 俺は理性が掻き消えないように、ただひたすらに心を凍てつかせた。

 そして目を離せばふらふらと屋敷に吸い寄せられそうになるキースを引きずるようにして、最寄りの隠れ家へと逃げ込んだのだった。


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