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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第5章 『無情なる世界』
65/94

65.愚者の選択

「こいつは……急かすわけだね」


「合ってる?」


 フーリが珍しく素直に俺の判断を問うてきた。


「まだ他にも、居るってことか?」


 キースも答えに辿り着いたらしい。

 首を縦に振り肯定を示す。


 フーリに急きたてられるようにしてやってきた水路にも、獣兵の骸があった。

 そして、死体となったロッゾの姿も。

 操者は何本もの剣で刺し貫かれた状態で転がっていた。


 ここにも生存者は居ない。

 だが、ここに居ないだけで、どこかには居るはずだった。


 ロッゾは獣兵を屠った後も戦い続けていた痕跡がある。ロイと違って呪毒が直接の死因ではないのだ。

 ならば、ロッゾを殺した者が他に居るのは確実。


 操者の死体を調べると、先の者と同様に白の教派の聖章(せいしょう)徽章(きしょう)が見つかった。

 まとめてキースに投げて渡す。


「白の聖章。まさか、さっき調べていた奴も?」


「同じ物があった」


 服を剥ぎ取ってみれば、胸にあるのは銀の月を示す聖印だ。

 徽章については偽装を疑う必要があるだろうが、聖章を疑う意味はなかろう。

 となれば、これは白の教派の意を受けた軍事行動。


 聖章が偶然同じだった、などということはあるまい。

 相手は獣兵だ。

 保有するのは各教派の本軍と、ごくわずかの大国のみという特殊な兵科なのだ。


 現にアラカイスラス王国軍は獣兵を保有していない。かつての戦争では、青の教派から派遣された援軍にのみ存在していた。

 300年近くそうであり続けたのだ。

 仮にここ10年で事情が変化したとして、ならばなおのこと、この様な場所で実戦投入するとは思えない。

 やはりこいつらは、白の教派に関係する軍隊と見るべきだろう。


 目的はなんだ。いやそれよりも、まずは地下からの脱出を優先すべきか。

 せめて獣兵の入り込めぬ場所までは急ぎ退いた方がいい。


「キース、地上までの撤退を提案する。オルトロスなんぞを相手にしている場合、じゃ……」


 待てよ。

 こんな連中が地下に潜んでいる状況で、魔獣の報告があったと?


「魔獣の情報を持ち帰ったのはどこの人間だ」


「青錆の奴」


 キースより先にフーリが答えた。

 この際どっちでもいい。


「偵察について言及は」


「なかった。報告の内容が十分だったから」


 最悪だ……。

 あまりの衝撃に眩暈がしてきそうだ。


 ここは、狩場なのだ。

 魔獣を狩るためのものではない。俺たち討伐隊を狩るための。


「キース、こいつは罠だ」


「まてまて。理解が追いついて、いや。退くのが先か。道は?」


「このままログスターの担当区域を遡るのが上策だろう」


「理由を」


「死体が残されている。人手を割く余裕がないと見た。それに相手がこちらを罠に嵌めた気でいるなら、逆に罠が働いた地点は穴になる」


「獣兵は攻めの兵科でもある、か」


 良いところに目を付ける。

 確かに、獣兵を守りに用いている兵法書は見たことがない。

 地下水路などというイレギュラーな戦場ではあるが、用兵の定石に則った行動を取る可能性は十分にある。


「聞いた通り、って言っても分からねえか」


 分からないだろうな。

 余力がなかったので、キースはそうした判断を下すための教育を皆にしていない。

 俺は担当した人数が少なかったこともあって、アイネとフィオ、エムリに多少教育を施してたが。


 士官候補とそうでない一般兵との差みたいなものだ。


 しかし判断基準となる知識の量には、俺やキースと大きな隔たりがある。

 今のやり取りを聞いても、フィオはまるで状況を把握できていない様子だった。


 キースにしても把握できているとは言い切れないか。

 俺だって保留にしている部分が多い。


「異常事態が起きているから、オレたちは地下から退避する。口答えは許さねえ」


 フーリは迷いなく頷き、フィオは理解が及ばぬながらも力強く頷き、ウォトとルッダは困惑のままに頷いた。


 敵は銀の民や赤の民の可能性がある。

 それが大きな不安材料だった。

 青の民と違い、道具に頼ることなくさまざまな魔法を用いる相手である。


 視覚や聴覚の強化を踏まえて慎重に、けれど迅速に進む。


 途中潜った扉は開け放たれたまま放置されていた。

 見張りは斬殺だ。

 歩兵が居るのか、操者の手によるものか。

 ろくに争った痕跡がないことから、内通者の可能性も考慮すべきだろう。


 地表に出る入り口だけは、討伐で使われる予定のなかった別の場所を選んだ。



 ◇◇◇



 地上へと続く扉を押し開けた瞬間、炎に焦げついた臭いが鼻を刺した。

 階段から見上げる曇天は、煤けた空気に濁っている。


 つい最近、これとよく似た状況を経験した。

 街が、燃えているのだ。


「お前らは扉を出てその場で待機。ヤトイ、周辺に敵は?」


「……動く者は居ない。ただ、魔法で隠蔽されていたり、その道の専門家が相手だと、どうかな」


 俺の隠密技術は所詮、素人を相手にして優位に立てる程度のものでしかない。

 正規の軍人、それも専門の訓練を受けた相手では、あまりにも分が悪い。

 加えて、相手には銀や赤の連中が混じっている。

 いつか戦場に立つ日のため、彼らの魔法について研究はしていた。

 けれど、それはあくまでも戦場において行使される魔法についての話だ。


 こんな非正規戦闘で自由度の高い魔法を行使されて、先手を取れるなどとと思うほど、俺は己の知識も知恵も信用していない。


「罠と言ったな」


「青錆街が黒の家を力で捻じ伏せにきた。違うな、もっと上だ。おそらく、青錆街はラーデ・ロムニスと連携している」


 中央すべてが、と言い切ることはできないが。

 ラーデ・ロムニスがその総意として黒の家を潰しにかかるとなれば、青の教派が動くはずだ。


 青と銀の派閥間抗争に、白の教派は深く関わってはこなかった。

 白月が黒月と対立関係にあるのは百も承知だ。

 だから白の教派が動くことはあり得る。


 けれどそれは、青の教派として看過できるものなのだろうか。

 神サマの思惑なんて知りようもないが、その下に着くのが人間であることを考慮すると、白の教派の介入は、もっと大きななんらかの流れの中にあるのではと勘ぐってしまう。


 だが、そんなものは今の俺たちには関係ない、な。


「フーリ。班の連中の配置はどうなっている?」


「連れて来た以外は、みんな屋敷に留めてある」


「となると、残るは黒の家の3人だけか」


「見捨てるべきだ」


 間髪を置かず否定を口にする。

 フーリを除く3人が、息を呑むのが分かった。強い反発を表す奴も居る。


 知らんがな。

 幻滅されようが反感を抱かれようが構うものか。


 キースが街を逃げることを決めた。それはいい。当然だ。

 準備が整っていない以上、逃げた先で苦労することになるだろうが、そんなものは命あっての物種だ。


 そう。命あっての物種なのだ。


 黒の家には俺たちの計画のため、エルとデラを派遣した。エルの弟分であるヨシスも同行している。

 キースはその3人も連れて逃げるつもりでいる。


 冗談ではない。

 読みが正しいのであれば、黒の家は死地そのものだ。


「今日は昔を思い出すことが多いな。言ったはずだぜ、ヤトイ」


 その返答に思わず舌打ちが漏れた。


「それでも、見捨てるべきだ」


「フーリ。建物に登って黒の家の状況を確認を。不意打ちに注意しろ。解放はいつでも使える状態にしておけ」


「キース」


「見捨てて逃げてもいいんだぜ」


 あの3人を、という意味ではない。俺がキースを、という意味だ。


 そうさ。逃げればいいのだ。俺は。なにもかも捨てて。

 元からそうするつもりでいた。キマイラが侵入した時だってそうだ。キースにこそ伏せていたが、逃げる算段は立てていたではないか。

 それがどうしてこの土壇場で躊躇う。


 ぎりりと噛み締めた奥歯が鳴る。


 なんと俺は小者なのだろう。

 粋がってみたところで、そんなものは口先だけ。

 なにもかもが中途半端。


 この世界の人間に擬態するなどと豪語しておきながら、印なしなんて苦境に立たされただけで、上辺だけの安っぽい演技で満足してしまっていた。

 半端な異物を許容する者たちを隣に置き、安寧に身を浸していた。

 俺は今日まで、キースやアイネの善意に縋って生きてきたのだ。


 利用できるものは利用する。その考えは今も変わらない。

 だが今の俺は、このふたりを見放すことが、できそうにない。


 人間なんて信用できないというのに。信用してはならないというのに。

 信用など、していないはずなのに。


「……おれが行って見てくるよ」


 どれくらい思考に呑まれ黙していたのか。

 フィオの声に己の置かれた状況を思い出す。


「やめた方がいい」


 フーリが足音もなく降ってきた。


「行くならあたしが――」


「お前は屋敷に戻れ。で、状況は?」


「……黒の家はもう炎に呑まれてる」


「連絡に使ってた廃屋は?」


「その辺りは……まだ」


「逃げているかもしれねえな」


「だめっ!」


 行かせないと、その焦りを示すようにキースの腕に縋りつく。


「フィオも連れて行く。それで少しは安心できるだろ」


 宥めるように、空いた掌でフーリの頭を撫でている。


 俯いて黙り込むフーリ。だがすぐに顔を上げ、かと思えば俺を振り返り鬼気迫る様相で詰め寄ってきた。

 そしてあのフーリが――俺に頭を下げた。


「おねがい、します。あたしの代わりにキースを――」


「言うな、そこから先は」


 お頭のゆるい馬鹿が。理想なんぞにうつつを抜かすたわけが。

 死にたければ勝手に死ね。俺の見ていないところで黙って死ね。

 俺を巻き込むな糞ッ垂れが。


「お前の言葉で動いたなんて逃げ道を、僕に作らせるな」


 なんと俺は愚かしいのだろう。


「ヤトイ……ありがと」


「オレからも感謝を。フーリはウォトとルッダを連れて至急屋敷に戻れ。皆を隠れ家に避難させろ。地下を開けて構わない」


「分かった」


「アイネたちのこと、頼むよ」


「言われるまでもない」


 そして走り去るフーリたちを横目に、俺たちは敵地へと乗り込んだのだった。


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